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やれ打つな 俺が手をすり 家事もする

「朝橘目線」 第17回

やれ打つな 俺が手をすり 家事もする

9月3日に訪れた永隆寺(東京都世田谷区)。圓生師匠のお墓はこちらに

三遊亭 朝橘

執筆者

三遊亭 朝橘

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 「ねえ、少しは生きてる人の写真撮ったら?」

 妻にそう苦言を呈されたことがあった。いや、これだけだと私、とんでもなくヤバイ奴みたいだけど、決してそうじゃない。立て続けに、お墓の写真を撮っていただけだ。

 んー、これでもまだ何かヤバイ奴感が消えないな。いや、何を言おうが言うまいが、「お前はそもそもヤバイ奴だぞ」って言われたら、もうどうしようもない。まともじゃないという自覚はある。だがこれだけは言いたい。「落語家の中では、まだ私なんか正常な部類である」と。

 同業者を見ていると、「お前マジか」って奴がゴロゴロいる。驚きの書き順でネタ帳を書き殴る前座を見ると、義務教育の敗北を痛感する。

 『道灌』という落語があるが、後輩の三遊亭鳳笑が前座の頃、ネタ帳にそれを書くにも字が分からないと、慌てて調べていた。「まあ、『灌』なんて字はそう使わないもんな」と思って見ていたら「道」のほうを一生懸命検索していた。

 彼の伝説はこんなもんじゃない。というか、むしろこれは軽いほうだ。そしてそれを語り出すとキリがないので、またの機会に。

 で、冒頭の文句は、私が立て続けにお墓の写真を撮ったことがきっかけである。ズラリ並んだお墓から、よろしいのを見立てて撮影したわけではない。落語家としての先達、大師匠方のお墓参りがたまたま続いた時のことだ。

 毎年7月上旬は、うちの師匠・三遊亭圓橘の最初の師匠、三代目三遊亭小圓朝師のお墓に圓橘一門全員で伺う。9月3日は六代目三遊亭圓生師の、10月29日は五代目三遊亭円楽師のご命日。当然、お墓参りをする。

 そこにここ数年、『怪談牡丹灯籠』いわゆる圓朝物習得の報告で、谷中の全生庵にある三遊亭圓朝師のお墓に伺ったり、仕事で行った前橋に、六代目三遊亭円楽師のお墓があるのでご挨拶に行ったりが重なった。

 あくまで偶然、たまたまである。

 で、その都度、師匠方のお墓を撮らせていただき、SNSで墓参の報告がてらアップした。それを見た妻が「生きてる人とも写真を撮れ」と言ってきた、というわけだ。