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亡き父の味と、鰻に導かれる名人の味

シリーズ「思い出の味」 第22回

 私は幼少期から体が弱く、0歳から先天性胆道閉鎖症(たんどうへいさしょう)で開腹手術、小児喘息(しょうにぜんそく)と入退院を繰り返していたからか、元気な時を見計らって、父が家族を全国いろんなところへ連れて行ってくれた。

 鹿児島県内の観光地は、ほぼドライブで回った。

 有名な砂蒸し温泉場・指宿(いぶすき)にある池田湖にはよく行った思い出がある。菜の花畑が広がる美しい湖畔だが、イッシーという未確認生物が目撃され、目がギョロッとしたイッシーの等身大(未確認だから等身かは不明)の像もあり、不気味。

 最寄りのお土産屋では、巨大ナマズ数匹の展示を行っていて子供ながらに怖かった。父の運転に酔ってゲロゲロな状態で見るニョロニョロの展示場は、当時の私には一つも楽しくなく、鰻もナマズも一緒でしょ?と思っていたぐらいだった。まさか、鰻をこんなに愛するようになるなんて。

 さあ、やっと出てきたね、鰻!

 鹿児島大学を卒業し、そのまま上京してコンサル会社に就職しながら、アナウンサー学校へ通っていた。東京には、それはもう美味しいものがいっぱいで、韓国料理屋のゴマ油で食べる動くタコの刺身にハマり、ワニのステーキ、カエルの天ぷら、燕の巣、キラー・カンの店など。あんなにナマズでヒイヒイ言ってたのに、ミーハー気質で、東京で珍しいものを食べるのが楽しかった。

 その後は、売れない役者に転向。限界を感じて、キャンディーズの如くマイクを置いて普通の女の子に戻ろうと、元旦那の転勤に6年ついて行って出会ってしまったのが、名古屋の鰻のひつまぶし。

 ひつまぶしのカリカリに焼いた皮目を鰻のタレごとご飯茶碗に乗せて、ワサビとノリを乗せ、出汁をかけて食べる。最高最幸!(新山ひでや・やすこ先生より)。白焼きは、ドラゴンボールで言うところの仙豆(せんず)。とにかく疲れた時にプラスしてワサビ醤油で食べる私のパワーフード。名古屋のある店では、追加用の鰻のタレが各テーブルに備えてあり、濃いめにしたい私には堪らない気遣い。