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船旅のススメ

「すずめのさえずり」 第十回

 寄港地での観光より船にいる時間のほうが長いから、船内では様々なエンターテイメントが用意されている。

 コンサートやマジック、ダンスなどの華やかな世界に混じり、たいていの日本船に乗っているのが落語家。豪華な非日常を味わえるのが売りのクルーズだが、ぽっかりとそこだけが地味である。船内での食事もフルコースばかり食べていると疲れるからか、夜食にはソース焼きそばやお茶漬けが供される。それと同じようなものか。

 まあ、日本人でも99%の人にとっては、落語もまた、非日常には違いないのだが。

 ところで、乗船初日はたいがい夕方出港、避難訓練ののち夕食、という流れであるから、この時点では私が落語家であることに、ほとんどのお客様は気づいていない。

 妙齢のご婦人の一人旅であればミステリアスな魅力を伴うが、家族連れや新婚旅行を除けば、圧倒的に若い(クルーズの乗客としては)男が一人、黙々とフルコースを食っている。「食のにっぽん丸」を標榜するだけあり、お味はとても素晴らしいのだが、それはそれとして、いったいこの若造は何者なのだ。もしや隣の老夫婦にそう思われてやしねえかと、毎回緊張が絶えない。

 落語を聴くために集まった方々ではないので、ネタ選びも慎重を要する。

 マニアックにならず、なるべく楽しい噺を。船が転覆する「佃祭」などもってのほかである。それなのに、かかっているBGMがタイタニックのサントラというのはちょっと、ねえ、どういうわけなの?

 船というと船酔いを心配される方もおありだろうが、大きな船は揺れを防ぐスタビライザーを備えているので、気をつけるべきは、波を乗り越える際どうしても発生してしまう縦揺れのみである。エレベーターの上昇と下降が絶え間なく続くようなものであるが、実はこれの対策は、頭が上下に揺らされないようにすれば良い。つまりベッドに横になってしまえば、どうということはないのである。

 それでも心配であれば酔い止めを服用すればたいてい大丈夫だが、これ、落語家は要注意だ。酔い止めとは早い話が「ボーっとさせる薬」。言葉は出てこなくなるし、舌は回らなくなる。

 そうなると「寿限無」「金明竹」「大工調べ」のような噺は、悲惨なことになる。そんな時は酔っぱらいの噺に限る。滑舌が悪くなるのも、また芸の内ということで。