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百川、 お菊の皿、 ねずみ

「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第十四回

四十一席目 お菊の皿 (おきくのさら) ★★

[ワンポイント]
幽霊が出てくる噺は、すべて怪談なのだろうか。実は落語には、幽霊や妖怪が登場しながらも、怖がらせるより笑わせることを目的にした噺が少なくない。この噺もその代表格である。有名な怪談「番町皿屋敷」を題材にしながら、最後は思わず吹き出してしまう方向へ着地する。

【あらすじ】

 町内の若い衆が、隠居から番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)の怪談について教わる。

 昔、番町に青山鉄山(あおやまてっさん)という旗本がいて、美しい女中のお菊に惚れたが振られたため、腹いせに家宝の十枚一組の皿を一枚隠して、因縁をつけて殺して、井戸に投げ入れてしまう。

 それから毎晩のように、お菊の幽霊が現れては「一枚、二枚、三枚……九枚」と皿を数える。これが元で、青山鉄山も狂い死にしてしまう。伝承では、九枚という数を聞くと狂い死にすると言う。

 これを聞いた若い衆は、怖いとは思いながらも美しいお菊の幽霊見たさに、番町皿屋敷までやってくる。

 話の通りに井戸の中からお菊の幽霊が出てきて「一枚、二枚……」と皿を数え始めるが、九枚まで聞くと死ぬと言われているので、六枚まで数えたところで慌てて逃げ出す。

 それから同じような連中が増え、美しいお菊さんを見ようと見物客が大勢来るようになる。興行主まで現れ、土産を売ったり、入場券まで販売したり、連日の興行を打つようになる。

 そんなある日、満員御礼の中でお菊がいつものように皿を数え始める。六枚まで来たところで、逃げようとするが大勢の客がいることで逃げることができない。七枚、八枚と勘定は続く。そしていよいよ九枚まで来てしまう……

【オチ】

客「九枚だーーー! あーーー!!」
お菊「十枚、十一枚、十二枚……」
と勘定は続き、

お菊「十八枚。おしまい」
と十八枚まで来てしまう。

呆れた客がお菊に尋ねる。

客「お菊の皿ってのは、九枚と相場が決まってんだ。なんだって倍の十八枚も数えるんだ」
お菊「わからないかねぇ。明日、お休みするんだよ」

【解説】


 「明日も九枚まで数えるつもりだったが、明日は休むので今日まとめて、皿を十八枚数えた」ということであるが、たまにオチの意味がわからずに尋ねられることがあるので★★とした。

 それを補足するために、「明日休むから、今日まとめて数えた」というニュアンスをオチに入れ込む演者もいるようだが、私はオチはシンプルにしたいので説明は少なくしている。

 本当は「わからないかねぇ、明日お休みするんだよ」も「明日休むんだよ」くらいスパッと行きたいところだが……。

 主人公たちが、皿の数を九枚どころか十八枚まで聴いているのに、結局死なない理由はわからない。いわゆる怪談噺というジャンルなので、枕で幽霊の噺などをする場合が多い。


 さて、その怪談噺だが、これについて話したい。

 この「怪談噺」というカテゴリーだが、とても広いように思える。「怪談」という言葉に潜む意味は「怖い」ということだと思う。なので、怪異を扱った噺、つまり幽霊やお化けなどの出てくる噺を「怪談噺」としている。『お菊の皿』も幽霊が出てくるので、立派な怪談噺である。

 じゃあ『お菊の皿』は怖いのか? 答えは、ノーである。むしろ演者は滑稽噺のように演じている。

 ほかにも『のっぺらぼう』『質屋庫』『死神』『一眼国』など、怪談噺とカテゴライズされそうな噺はいくつかある。しかし、これらの噺も「怖さ」よりは「笑い」の方が前に出ているように思える。『死神』はオチこそ不気味だが、内容は滑稽噺だと思う。

 純粋に怪談噺と言えそうなのは、『真景累ヶ淵』『怪談牡丹灯籠』『怪談乳房榎』『江島屋騒動』『もう半分』などだと私は思う。これらの噺は「怖さ」を前に出した噺だ。つまり怪談噺には怖さ寄りのものと、笑い寄りのものがあるというわけだ。

 そこで私なりに、怪談噺をさらに二つに分けてみた。

●怪談噺……怖さを求めてやる噺
●お化け噺……怪異を扱っているが、怖さより笑いを求めてやる噺

 オチとは関係ないが、誰が使うかもわからない分類をしてみた。