旅の話
「お恐れながら申し上げます」 第11回
- 落語
入船亭 扇太
2026/07/11
決断の5分間
島根に戻って松江駅に着きました。時間があるので各自で昼食と観光をするようにとのお達し。とりあえず歩いて宍道湖(しんじこ)まで行きました。そのまま松江城まで行こうとしたのですが、城下に着いて時計を確認すると集合時間まであと40分。松江城までは、徒歩で30分かかりました。お昼ご飯も食べなくてはいけません。入城を諦めて「せっかく、ここまで来たのに」と思いながらバスに乗ります。

10分弱で松江駅に着きました。文明の発達に感じ入ったまま、駅構内のお蕎麦屋さんへ。出雲そばが有名ですから、それをいただこうとお店の前に行くと行列ができています。「人気店なのかな」と覗いてみると、空席がいくつもあります。これならすぐに入れるだろうと並んだのが運の尽きでした。席は空いているのに、なかなかお客を案内してくれません。
事情があるのかもしれませんが、私にも集合時間があります。諦めようかな、でも、お腹空いてるしな、でも、迷惑をかけるわけにはいかないし、でも、出雲そばは食べてみたい。色々な考えが頭の中を行ったり来たりします。「あと5分で入れなかったら諦めよう」と覚悟を決めた途端に店に通されました。不思議なものですね。
ところが頼んだ蕎麦が来ない。注文したあとで、やっぱり止めますとは言いにくいものです。あと10分、あと5分と言い訳をしながら蕎麦を待ちます。ようやくお蕎麦が届きました。
出雲そばというのは3段組の小さな丸い御重(おじゅう)のような器の中にお蕎麦が入っています。別のお皿には、ねぎ、紅葉おろしなど、数種類の薬味が入っていました。上の段のお蕎麦につゆを掛け、好きな薬味を入れて食べます。食べ終わった後、2段目のお蕎麦に残ったつゆを掛けて、薬味を足して食べます。3段目も同じようにして食べます。少しずつ味の変化を楽しみながら食べてくださいというものなのでしょう。
私には、そんな時間はありません。集合時間が迫っています。つゆも薬味もドバドバ掛けて、1段、2段、3段とテンポ良く、あっという間に平らげました。5分もかからなかったと思います。美味しいお蕎麦なのは間違いないのですが、味わえなかったことが悔やまれます。
以上のことから、「旅の仕事」はあくまで「仕事」であると認識を改めました。もちろん、仕事で行くことは自覚していました。ですが、自由になった時間に楽しもうとすると「大変な思いをする」という発見を早いうちにできた。この瞬間に私の中の「扇ぽう」が目を覚ましました。
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