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2026年10月の最前線 【前編】 (田辺いちか、真打昇進記者会見 / 宝井琴調、池袋演芸場で初主任)

「講談最前線」 第29回

期待の重さと未来への夢

 以下、質疑応答となる。

―― 披露公演も完売が続き、追い風が吹いていると思います。この追い風をご自身はどう考えていらっしゃいますか。また講談がファンやマニアを超えて、一般の方に浸透してきています。いちか先生への期待も大きいと思うのですが、大師匠の(田辺)一鶴先生もテレビやメディアで活躍されていました。今後何かお考えになっていることがあればお聞かせいただきたいのと、「ヒゲの一鶴」「お化けの(一龍斎)貞山」のように「○○のいちか」と、自分につけるとすれば、何とするかを教えてください。

いちか 追い風については、プレッシャーです。なんで私なんだろうと思いながら、それは講談界の先輩方が素晴らしい高座を日々努めてくださったからだと思っております。私はタイミングが良かったというか、恵まれた時期に入門して、前座、二ツ目の修業をさせていただきました。これまで講談が届いていなかったみなさまにも広く講談というものを知らしめて、講談界が盛り上がってきた時代でした。

 (神田)伯山先生を見ていると、講談界全体のビジョンを持っていらっしゃる。私も入門した時の思いを思い出してみますと、これから先、夢を持って入ってきた人たちが、特に器用でなくても、一所懸命に修業をしていたら、この道で生きていけるんだという希望とか夢とかを抱いたままで走っていけるような世界になっていったらいいなと思っております。

 そのためにも自分に何ができるかはわかりませんが、少なくとも毎日のように高座に上がらせていただいている姿を見せることが、その一助になるのではないかと信じて頑張っております。「○○のいちか」は自分ではわかりません(笑)。みなさん、私のことを良いふうに誤解してくださっているなあと思っていますので、聴いてくださる方と一緒に育っていけるといいなと思っております。

―― 一邑先生はいちかさんを温かく育てられましたが、何かいちかさんとのエピソードはありますか。

一邑 いちかが入ってきた時は、ちょうど前座が足りなかった時でした。私の師匠である一鶴は、とにかく弟子を取れと日頃から口にしていました。講談界の裾野を広げるためにも弟子を取れというのは、そのまた師匠である、大師匠の(田辺)南鶴の遺言でもあります。だから一鶴はたくさん弟子を取りました。その分、辞めていった人も多いですが(笑)。

 私がいちかと会ったのは、劇団のワークショップでして、その後の打ち上げの席で、講談ってこういう芸で、やってみたらどうかなあと、一鶴ばりに打ち上げの席で滔々(とうとう)と話したことを覚えております。

―― 琴調先生はかなり厳しい稽古を付けられたと聞いております。何かいちか先生の裏話があればお聞かせください。

琴調 私の稽古は厳しいものではありませんが、厳しいと思ってもらえたらありがたいなあと思っております。表に出た時に、いい芸ができればいいなあと常々思っております。いちかは北九州の出身なんで、強い芯を持っていてくれたら、高座に出てくるんではないかと期待しております。

―― いちかさんの非凡なところを教えていただけますでしょうか。

一邑 師匠の口から言うのもなんでございますが、声の質がいいと思っておりまして、そのいい声を活かして、さらに研鑽を積んでおりますので、そういうところがお客様の心に届いているんではないかと思っております。

琴調 大変に高座姿が美しい。上下(かみしも)を振りましても、お客様に目を向けている、お客様に届くような笑顔を持っているのが魅力です。