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亡き父の味と、鰻に導かれる名人の味

シリーズ「思い出の味」 第22回

亡き父の味と、鰻に導かれる名人の味

今も思い出す、懐かしい味と、かけがえのない時間の記憶

三遊亭 あら馬

執筆者

三遊亭 あら馬

執筆者プロフィール

 私にとっての思い出の味。

 ……あり過ぎる。あり過ぎるので、とりあえず最初は、鰻で始めようと思う。

 私は、日本随一の鰻の生産地である鹿児島出身。しかしながら皆様と同じぐらい「鹿児島=鰻」というイメージはなく、鰻で育った記憶がない。静岡県浜松市、愛知県名古屋市、千葉県成田市が浮かぶのが大半であろう。

 鰻のイメージが弱いのは、鹿児島には名物が多いからだ。

 蕎麦つゆで食べる黒豚しゃぶしゃぶ、地鶏のたたき、酢味噌で食べるキビナゴの刺身、鶏ガラと豚骨の鹿児島ラーメン、両棒餅(ぢゃんぼもち)、なんと言っても甘い醤油で食べる刺身に、さつま揚げがたまらない。〆は勿論、しろくま(かき氷)。文字だけで見ると厳ついが、練乳味で、みつ豆、プルーン寒天、フルーツが盛り込まれた、子供の夢と希望が詰まったかき氷である。

 今でも、仕事で鹿児島を訪れるたびにソウルフードを制覇して帰ってくる。現場と空港の往復でも、鹿児島空港のお土産を漁って、買い込んで帰る。

 私の鹿児島での食の思い出は、それらの名物と、亡くなった親父がよくキャンプに連れて行ってくれたので、缶詰の赤貝とサバみそ缶、ラーメンだ。

 ラーメンはとにかく今もマニアで、一人で行っちゃあ写真を撮って、Instagram(インスタグラム)に記録している。うちの父もよく麺の茹で加減で、母と喧嘩していた。蕎麦粉アレルギーの父は、古い旅館の蕎麦殻の入った枕でよく死にかけていたが、麺という麺が好きで、私に「蕎麦は食べたことがないが、絶対に美味いんだということがわかる」と蕎麦を啜る私の前でうどんを食べながら言っていた。

 いつも怖い、九州男児を地で行くアメとムチがきつめのDV親父が少しだけ可愛く思えた。