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百川、 お菊の皿、 ねずみ
「オチ研究会 なぜこのサゲは受けるのか?」 第十四回
- 落語
ねずみ(画:おかめ家ゆうこ)
奥深い「オチ」の世界
落語には、「オチ(落ち)」があり、そこにはいろいろな仕掛けや工夫が込められています。本連載では、〈演じる側の視点〉から、筆者なりにオチのタイプを★〜★★★で分類し、[あらすじ][オチ][解説]の順に紹介します(★の基準は、第一回をご参照ください)。
第十四回は、百川★、 お菊の皿★★、 ねずみ★★★です。
四十席目 百川 (ももかわ) ★
[ワンポイント]
江戸の人々にとって当たり前の言葉も田舎者には通じない。逆に田舎訛りは江戸っ子には理解できない。そんな文化の違いから生まれる笑いを徹底的に膨らませた噺である。一人の素朴な奉公人が町中を大混乱に陥れる。
◆【あらすじ】
田舎から出てきた百兵衛(ひゃくべえ)という男が、日本橋浮世小路にある百川という料亭に雇われる。
二階の魚河岸の若い衆からお呼びが掛かるが、女中が手が離せないと言うので、代わりに百兵衛が行くことになる。若い衆は、祭の際に隣町から借りた四神剣(しじんけん:青龍・白虎・朱雀・玄武が描かれた四本の旗の先端に剣がついた祭具)を遊ぶ金欲しさに質屋に入れてしまい、どう請け出すかをめぐって話し合っていた。
そこへ百兵衛が現れ、「オラ、主人家(しゅじんけ)の抱え人で……」と言う。この訛りのせいで、若い衆は、百兵衛を「四神剣の掛け合い人」で隣町の代理人だと勘違いする。四神剣の回収に来たんだと慌てる若い衆は、とにかくこの場を収めてほしいと言う意味で「くわいのきんとんを飲み込んでほしい」と懇願する。
「話を飲み込んでほしい」という隠語のはずだったが、そのまま解釈した百兵衛は、くわい(水田のような泥の中で育つ野菜)を苦しみながら丸呑みして、一階に戻る。
改めて店の者を呼ぶ若い衆。そこへまた百兵衛がやってくる。ここで初めて百兵衛が店の奉公人だとわかる。呆れながらも、当初の目的であったある人を呼んでもらいたいと頼む。それは、長谷川町・三光新道(さんこうじんみち)の常磐津(ときわず:三味線音楽の一種)の師匠、歌女文字(かめもじ)。
「今朝から河岸の若い衆が四、五人来てるからすぐにお越し願いたい」と言うので、百兵衛が出掛ける。ところが道中で名前を忘れた百兵衛が人に尋ねたところ、それは「鴨池(かもじ)」ではないかと言われ、思い出したと勘違いした百兵衛は鴨池の家へ訪れる。
そこは、鴨池玄林(かもじげんりん)という医者であった。玄林は、百兵衛の訛りのある説明のせいで、「袈裟懸け(けさがけ)に河岸の若い者が四、五人斬られた」と勘違いする。
慌てた玄林は、百兵衛に薬箱を持たせて店へ帰すが……
◆【オチ】
店へ戻った百兵衛が薬箱を置くと、若い衆は三味線の箱にしては小さいと不思議がる。そこへ、鴨池玄林がやってきて、百兵衛が「かめもじ」と「かもじ」を間違えたと察する。
若い衆「歌女文字呼びにやったら、鴨池先生を呼んできやがって、お前みたいに抜けてる奴はいねえぞ」
百兵衛「どんだけ抜けてやしたか?」
若い衆「どんだけも、こんだけもねえ。みんな抜けてるよ」
百兵衛「そんなに抜けてやしたか? かめもじ、かもじ。いやあ、たんとではねえ、たった一字だ」
◆【解説】
オチ自体は洒落を言っているだけなので★とした。
取ってつけたようなオチだが、噺全体はとても面白い。田舎者のキャラクターは権助(ごんすけ)が定番だが、この噺の主人公である百兵衛が大活躍をするおかげで、河岸の若い衆との妙な緊張のやり取りが繰り広げられる。
『妾馬』が江戸っ子と殿様のカルチャーギャップなら、『百川』は田舎者と江戸っ子のカルチャーギャップである。枕は祭の話から、「四神旗(しじんき)を四神剣と江戸っ子は言った」という内容を必ず入れる。前半の肝である、百兵衛と河岸の若い衆のちぐはぐなやり取りが伝わらないからだ。
前半で大ポカをやった百兵衛は、さらに後半で大ポカをやらかす。常磐津の師匠と医者をどうやったら間違えるのかと思うが、それが百兵衛なのである。そして、終盤にはキラーくすぐりも存在する。「袈裟懸けに河岸の若い者が斬られた」。このくすぐりは絶対にウケる。むしろウケなかったら辛い。これだけはウケてほしいと思うくらい、強いくすぐりだ。
オチは別のバージョンを聴いたことがある。若い衆が百兵衛に「お前は間抜けだ」と言って、百兵衛が「そうでやすか? かめもじ、かもじ。いやぁ、まぬけではねえ、めぬけだ」とするものだ。