流れもの日記 (後編)
鈴々舎馬風一門 入門物語 第6回
- 落語
柳家 あお馬
2025/05/18
名前が決まった日
何日かして、大師匠のお宅へ師匠と向かった。
いかにも噺家の風情漂う格子戸をうちの師匠が横に開けると、大師匠のお内儀さんが玄関に立っていて出迎えていただいた。
「よく来たね、いらっしゃい」
僕は何をどう答えていいかわからず、只おどおどするしかなかったが、とっさに答えた。
「神奈川の方から来ました高瀬誠也と申します。よろしくお願いします」
我ながら、変な挨拶だ(笑)。奥で微笑みを浮かべるのは、八ゑ馬(現・風柳)兄と、かゑる(現・平和)兄だった。それでも大師匠に、大師匠のお内儀さん、師匠、八ゑ馬兄、かゑる兄、僕。みんながひとつ屋根の下にいる空間は、とっても温かい風の流れる空間だった。
その後、兄弟子たちと皆でお内儀さんお手製の料理をいただく。本当に美味しくて、びっくりした。
僕は緊張もあって、食べていた箸を床に落としてしまった。するとその瞬間一秒とかからないうちに手元に戻ってきた。一瞬、何が起きたのかわからなかったが、隣に座るかゑる兄が目にもとまらぬ速さで床に落ちた箸を拾い、すぐに手元にまで渡してくれたのだ。呆気に取られ、「ありがとうございます」と言うしかなかったが、内心面食らった。
『こんな瞬時に箸を拾えるなんて、前座修行はどれだけ大変なんだろうか。少なくとも何年経とうが、こんな素早い行動を自分が取れるとは思えないぞ。大丈夫だろうか、僕は』
不安を余所に、僕はその日、名前が決まった。お内儀さんが真っ白な半紙いっぱいに僕の名前を書いてくれていた。半紙には「あお馬」と書いてあった。僕の師匠小せんは、二ツ目時分は「わか馬」と名乗っていた。その弟子で「あお馬」。丁度この時は、緑の青々と茂る六月だった。
この後、師匠とともに上野にある落語協会に向かった。師匠はその日、僕の履歴書を落語協会に提出した。『柳家あお馬』としての人生も始まった。
大師匠が出迎えてくれた時のにこやかな顔、お内儀さんの手料理、兄弟子の箸を拾い上げる速さを思い出しながら、一人暮らしのアパートへ帰った。師匠から教えてもらった着物のたたみ方を稽古して寝た。
さて、明日はどんな一日になるだろう。
(了)
―― こちらもどうぞ。「鈴々舎馬風一門 入門物語」シリーズ連載一覧
いま読まれています!
「令和らくご改造計画」
第十一話 「塀の中」
~最近の前座さんたちは、時々おかしい
三遊亭 ごはんつぶ
2026/06/13
「噺家渡世の余生な噺」 第14回
同窓会という人生の確認
~変わらない顔。変わってしまった顔。変わらない声。変わってしまった人生。それらすべてを見てみたい
柳家 小志ん
2026/06/14
「艶やかな不安の光沢」 第3回
とめどない嘘のつくろい
~人はなぜ物語を作るのか。その答えが、夏の暖簾の向こうにある
林家 彦三
2026/06/12
月刊「シン・道楽亭コラム」 第14回
小学校で10年間、落語を読み聞かせしてわかったこと ~子どもたちにウケた噺ベスト3+番外編
~子どもたちは正直だった。だから落語の本当の面白さが見えた
シン・道楽亭
2026/06/10
「令和らくご改造計画」
第十話 「オチログ」
~前座が作った落語家レビューアプリ「オチログ」を巡る狂騒。ブラックユーモア満載の笑撃作!
三遊亭 ごはんつぶ
2026/05/15
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第5回
あふれる情熱と笑顔 神田鯉花(後編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/06/28
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第4回
あふれる情熱と笑顔 神田鯉花(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2025/06/27
「座布団の片隅から」 第14回
旅路(上)
~噺家3人の珍道中! 笑いと涙と二日酔いの落語ツアー前半戦
三遊亭 好二郎
2026/06/07
「お恐れながら申し上げます」 第10回
謝楽祭の話
~祭の前の幸福な妄想
入船亭 扇太
2026/06/11
「二藍の文箱」 第13回
地図にない街、地図にない店
~京都、新宿、上野、浅草、池袋。師匠と行った名店の記憶
三遊亭 司
2026/06/02
月刊「シン・道楽亭コラム」 第14回
小学校で10年間、落語を読み聞かせしてわかったこと ~子どもたちにウケた噺ベスト3+番外編
~子どもたちは正直だった。だから落語の本当の面白さが見えた
シン・道楽亭
2026/06/10
月刊「浪曲つれづれ」 第14回
2026年6月のつれづれ(東家千春の躍動、三門綾の奮闘、天中軒すみれの研鑽/浪曲陰陽師・第二弾)
~新しい時代の息吹がここにある
杉江 松恋
2026/06/09
「お恐れながら申し上げます」 第10回
謝楽祭の話
~祭の前の幸福な妄想
入船亭 扇太
2026/06/11
「座布団の片隅から」 第14回
旅路(上)
~噺家3人の珍道中! 笑いと涙と二日酔いの落語ツアー前半戦
三遊亭 好二郎
2026/06/07
「令和らくご改造計画」
第十一話 「塀の中」
~最近の前座さんたちは、時々おかしい
三遊亭 ごはんつぶ
2026/06/13
「艶やかな不安の光沢」 第3回
とめどない嘘のつくろい
~人はなぜ物語を作るのか。その答えが、夏の暖簾の向こうにある
林家 彦三
2026/06/12
「朝橘目線」 第14回
我と来て 遊べや母を 呼ぶ娘
~娘と出かけた文学館で、再会したのは自分の中の少年でした
三遊亭 朝橘
2026/06/08
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第10回
ああ…麗しの吉本興業……
~吉本興業を辞める話なのに、なぜこんなに爆笑してしまうのか!?
桂 三四郎
2026/05/12
「噺家渡世の余生な噺」 第14回
同窓会という人生の確認
~変わらない顔。変わってしまった顔。変わらない声。変わってしまった人生。それらすべてを見てみたい
柳家 小志ん
2026/06/14
「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第13回
〈書評〉 未来の大看板がここにいる いま、若手の落語家・講談師・浪曲師が面白い (宮信明 著 / 橘蓮二 写真)
~若手76人の魅力を研究者の視点と写真家の感性で活写した“読む寄席”
杉江 松恋
2026/05/21
月刊「シン・道楽亭コラム」 第14回
小学校で10年間、落語を読み聞かせしてわかったこと ~子どもたちにウケた噺ベスト3+番外編
~子どもたちは正直だった。だから落語の本当の面白さが見えた
シン・道楽亭
2026/06/10
「浪曲案内 連続読み」 第11回
浦安の風が吹いている
~かつて浦安にあった寄席と浪曲師の物語
東家 一太郎
2026/05/20
「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第13回
〈書評〉 未来の大看板がここにいる いま、若手の落語家・講談師・浪曲師が面白い (宮信明 著 / 橘蓮二 写真)
~若手76人の魅力を研究者の視点と写真家の感性で活写した“読む寄席”
杉江 松恋
2026/05/21
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第10回
ああ…麗しの吉本興業……
~吉本興業を辞める話なのに、なぜこんなに爆笑してしまうのか!?
桂 三四郎
2026/05/12
シリーズ「思い出の味」 第6回
茶色いうどん
~自分の未来を見つめる8歳の少年
三遊亭 ごはんつぶ
2025/06/25
「座布団の片隅から」 第14回
旅路(上)
~噺家3人の珍道中! 笑いと涙と二日酔いの落語ツアー前半戦
三遊亭 好二郎
2026/06/07
「釈台を離れて語る講釈師 ~女性講釈師編」 第38回
新しい響きを持つ講談への挑戦 神田おりびあ(前編)
~魅力と素顔に迫るインタビュー
瀧口 雅仁
2026/05/30
「二藍の文箱」 第13回
地図にない街、地図にない店
~京都、新宿、上野、浅草、池袋。師匠と行った名店の記憶
三遊亭 司
2026/06/02
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第14回
ウケるごとに極まっていくその美貌
~宇宙一の美人浪曲師が綴る、愛おしすぎる芸人日記
東家 千春
2026/06/03
「くだらな観音菩薩」 第13回
願成就院の毘沙門天
~運慶が作った仏像に心が震えた、きく麿師匠。その一方で…
林家 きく麿
2026/05/16
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第10回
ああ…麗しの吉本興業……
~吉本興業を辞める話なのに、なぜこんなに爆笑してしまうのか!?
桂 三四郎
2026/05/12
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第9回
優雅な航海中の後悔を公開
~“憧れの仕事”から繋がる伏線が鮮やかな船旅エッセイ!!!
桂 三四郎
2026/04/13
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第5回
落語家の夢
~俺の目は、まだ濁っていない!!!
桂 三四郎
2025/11/27
「令和らくご改造計画」
第四話 「初心者よ永遠なれ」
~AIが落語を演じる時、それでも人は笑えるのか?
三遊亭 ごはんつぶ
2025/11/12
「艶やかな不安の光沢」 第1回
謂れなきものたちの飛躍
~年始からとちってしまった芸人の胸のうち
林家 彦三
2026/02/12
「令和らくご改造計画」
第六話 「若手人気落語家殺人事件 【事件編】」
~古典派と新作派の溝!?
三遊亭 ごはんつぶ
2026/01/12
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第6回
運と皆様のおかげです
~人間は弱い生き物です
桂 三四郎
2026/01/01
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第8回
微笑みながら中指を
~笑えて震える、ご近所交流録! マトリックスばあさん、降臨!!
桂 三四郎
2026/02/25
シリーズ「思い出の味」 第19回
雪のココア
~内弟子時代に憧れた甘い味
柳家 わさび
2026/01/13
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第7回
世間せまないか?
~落語家を多数輩出する片田舎、神戸の垂水
桂 三四郎
2026/02/01
編集部のオススメ
「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第13回
〈書評〉 未来の大看板がここにいる いま、若手の落語家・講談師・浪曲師が面白い (宮信明 著 / 橘蓮二 写真)
~若手76人の魅力を研究者の視点と写真家の感性で活写した“読む寄席”
杉江 松恋
2026/05/21
「浪曲案内 連続読み」 第11回
浦安の風が吹いている
~かつて浦安にあった寄席と浪曲師の物語
東家 一太郎
2026/05/20
「令和らくご改造計画」
第十話 「オチログ」
~前座が作った落語家レビューアプリ「オチログ」を巡る狂騒。ブラックユーモア満載の笑撃作!
三遊亭 ごはんつぶ
2026/05/15
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第10回
ああ…麗しの吉本興業……
~吉本興業を辞める話なのに、なぜこんなに爆笑してしまうのか!?
桂 三四郎
2026/05/12
月刊「シン・道楽亭コラム」 第13回
シン・道楽亭、誕生前夜から今へと続くキャリー・ザット・ウェイト Part.3
~橋本さん亡き後に立ちはだかった超大型の壁
シン・道楽亭
2026/05/10
「座布団の片隅から」 第13回
声優
~話題の人気アニメ『あかね噺』で声優デビューさせていただきました!
三遊亭 好二郎
2026/05/07
「ずいひつかつどお」 第10回
なぽりたんといっしょ
~つまり、ナポリタンはボヘミアン・ラプソディなのである
立川 談寛
2026/05/04
「宇宙まで届け! 圧倒的お転婆日記」 第13回
芸人、変な人多い
~宇宙一の美人浪曲師が綴る、愛おしすぎる芸人日記
東家 千春
2026/05/03
「二藍の文箱」 第12回
午後の逡巡
~その街に息づいた食堂で、ひとり手酌もまた愉し
三遊亭 司
2026/05/02
掲載記事300本記念
〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【前編】
~小さん師匠の「おめでとう」から始まる新しい年
話楽生Web 編集部
2026/01/25