謎のカバ臭と忘れ物キング ~桂雀々エピソード2
「ラルテの、てんてこ舞い」 第3回
- 落語
- その他
ラルテ
2025/08/27
雀々師匠の忘れ物伝説
雀々師匠は、とにかく忘れ物が多い。携帯やiPadはもちろん、鍵を忘れるのも日常茶飯事。交通系ICカードもよく落とし、あまりに頻繁に届け出を出すので、最寄りの駅員さんとも仲良くなっていた。
特に、交通系ICカードは、本当によく紛失する。ある時、なかば呆れて「そんなに落とすなら、鈴でもつけたらどうですか」と言ったところ、本当にカードにセロハンテープで鈴をつけてきた。
「これでもう大丈夫やな」
いや、冗談ですって。それでも、その日のうちに鈴だけなくなった。
「やっぱり、鈴はあかんな……」
師匠と仕事を始めた頃。ある夏の日、師匠から電話があった。
「あかん、あかん、大変や! 着物一式、忘れた」
「えっ、どこにですか? 何の着物ですか? 調べましょうか?」
聞けば、仕事に出てバスに乗り、そのままスポーツバッグに入った着物一式を持たずに降りてしまったとのこと。
「ほんでな俺、今、新幹線の中やねん。すまんけど、取りに行ってきてくれんか?」
蝉がミンミンと五月蠅いほどに鳴く、暑い日だった。これも仕事と、遺失物センターを調べたところ、物は確かにあった。ただ、「送れないのでとりに来てほしい」と言う。仕方がない。確か田園都市線だったと思うが、とにかく遠かったのは覚えている。
その駅は、新興住宅地なのだろう。道も広く、建物も比較的新しく綺麗だ。しかし、いかんせん人がさっぱり歩いてない。今のように携帯で調べる術もなく、店も見当たらない。さてさて、どちらに向かったらいいのだろう。下手をすると迷子になるぞ。
夕焼けの中で出会った、甲子園への夢
なかば焦った私の前に、高校球児と思われるニキビも可愛らしい男子高校生が通りかかった。すかさず、その高校生に道を聞くと、「場所はわかる」と言う。
それはよかった、ではどういったらいいのかと尋ねると、説明が難しいのか、知らないおばさんと喋るのが苦手なのか、おどおどと遠慮がちに「あの、よかったら案内します」と言ってくれた。なんて、いい高校球児! 私はついつい、その言葉に甘えてしまう。
案内するくらいだから、すぐなのだろうと思ったが、これが結構遠い。20~30分は歩いたかもしれない。黙っているのも愛想がないので、ここは年上らしく話しかけなければいけない。差し当たりのない話から始める。
「高校生?」
「このあたりの子?」
「野球部?」
最初は、緊張からか、あるいは警戒してたのか、ボソボソとしか答えてくれなかったが、慣れたのだろう。少し口も滑らかになり、話をしてくれるようになった。
聞けば、今、高校二年生で甲子園を目指している。だけど、同級生にも巧い子が沢山いて、レギュラーになれるかどうかわからない。親からはプロになれるわけもないのだから、野球は程ほどにして勉強を頑張れと言われている。それでも甲子園の夢は諦めきれないと、なんとも熱闘甲子園のネタになりそうな話を聞かせてくれた。
ちょうど夕刻の時間で、向こう側の空がオレンジ色に染まりつつある。彼の高校か、どこかの学校か、遠くからカキーンと球がバットに当たる音がする。
なんだ、なんだ。これってまさに青春ドラマのワンシーンみたいじゃないか。
そんな自分に酔っていたら、あっさり「ここです」と言って、目的地に着いてしまった。御礼を言い、「野球、頑張ってね」と声を掛けた。すると、「ありがとうございました!」と90度に頭をさげて挨拶してくれた。礼儀も正しい!
あの高校生、ちゃんと甲子園に行けるかな? ちょっと心に温かい灯がともった。「師匠の忘れ物もなかなか良いことをしてくれるじゃないか」と思ったのも束の間、着物一式入ったスポーツバッグは結構、重かった。
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