〈掲載記事300本記念〉 柳家さん喬師匠 スペシャルインタビュー【中編】
掲載記事300本記念
- 落語
話楽生Web 編集部
2026/01/26
鼻っ柱を折られたひと言
一切が順調に推移したかのような落語家人生だが、師匠・小さんのひと言で、冷や水を頭から浴びせられたこともあったという。
「それはもう厳しい言葉でしたね。あれで、私の落語に関する方向とか見方が変わったんです」
それほど強烈だった、小さん師匠のダメ出し。
「うちの師匠は放任主義で、細かいことをいちいち、ああだこうだとは言わない。だけど、解き放って育てる手腕は大したもんだなと思いますね。自由にやらせて、『これはダメだ』という時は、ちゃんと言ってくださいます。
私なんか高座上がって、たまたま寄席でもどこでも、うちの師匠がお見えになると『あ、聴いているな』って思うんです。でも、終わった時に何も言われないと、とてもがっかりしましたね。
何か言う時は、終わった時に軽く手招きをするんですよ、うちの師匠。こちらは『あ、しめた!』と思うんです。『あれ、おめえ、なんだぞ、ああだぞ』と教えてくださるんです。
師匠がお見えになってるからといって、ウケさせようとか、うまくやろうとか、そんなことは思わずに、自分が今やっていることをいつも通りにやって、それが何かご提言と言うか、ご意見をいただけるのが何よりもうれしかったですね」

さん喬師匠が鼻っ柱を折られる事件は、TBSの駐車場で起こった。小さん師匠と同じ落語会で、さん喬師匠は「幾代餅」をしゃべった。40代、真打に昇進し、ノリにノッている頃だった。その高座を聴いた小さん師匠は、さん喬師匠に声をかける。
「まあお前、ちょっとこれから話がある。どっか行くのか」
「師匠、すみません、仕事があって」
「そうか、それじゃ今、話すけどな。俺は驚いた」
そんなやり取りに、さん喬師匠は、
「驚いたって言うのは、『うまくて驚いた』って思ったんですね、一瞬(笑)。うぬぼれていたんですね。
ところが師匠には、『噺っていうのはな、誰もが喜んで、誰もが涙を流すもんだ。お前だけの考えを押し付けても、客は喜びやしないんだ。お前が考えて、そういうせりふを吐いたのかもしれないが、それじゃお互いの純情さがどこに出てくるんだ?』と言われました」
「幾代餅」の中で、さん喬師匠は独自の工夫を入れた。搗き米屋の清蔵と花魁の幾代のやり取りで、幾代が「お前さんのおかみさんになる」って言ったら、清蔵が「男からかって、どこが面白いんだ。そんなことあり得る訳ねえだろう」と怒るように演じた。そこに小さん師匠がダメ出しをしたのである。
「そん時は、何て言うんですかね、だるま落としでカン、カン、カン、カンって下にあるもんを全部打ち砕かれて、頭だけポコンと残ったような、そんな気がしましたね。
自分では、あらゆる落語で『自分の解釈』だってやってきたんですね。『文七元結』もそうでしたし、落とし噺もそうだったので、師匠に『お前の考えを理解させようというのは、落語の本当のいいところを伝えるっていうわけではない』とぴしゃり。
自分のやってきたことが、本当に根底から崩されて、能舞台に裸で出されたような気分になりましたね」

さん喬師匠は省みた。「なんて、うぬぼれた落語をやってたんだろうな」と。そこから落語をもっと「普通にとらえる」ようになったという。さん喬落語の大きな変わり目になった、小さん師匠の指摘だった。
次回の後編では、「まっとうな芸」を磨くことを信念とし、伝統と新作のバランス、組織運営の調和を重視しながら、次代へ芸をつなごうとしているさん喬師匠のお考えをうかがいます。
(一部、敬称略)
渡邉 寧久(わたなべ ねいきゅう) 演芸評論家・エンタメライター。栃木県宇都宮市出身。新聞社文化部記者、テレビ局エンタメウェブサイトの記者・デスクなどを経て現職。文化庁芸術祭の審査員を委嘱されたことをきっかけに、数々の演芸賞の審査に関わる。文化庁芸術選奨、浅草芸能大賞、花形演芸大賞の選考委員などを歴任。台東区が主宰する「江戸たいとう芸楽祭」(名誉顧問ビートたけし)の実行委員長を務めている。執筆・監修本に『落語家になるには』(ぺりかん社)、『落語入門』(成美堂出版)、共著に『十八番の噺 ―落語家が愛でる噺の話』(フィルムアート社)がある。「東京新聞」、演芸ウェブメディア「話楽生Web」等に連載多数。2025年8月より、東京新宿二丁目のミニ演芸場「シン・道楽亭」の運営にもかかわっている。
(後編に続く)
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