カレーのような草枕
シリーズ「思い出の味」 第23回
- 講談
田辺 一記
2026/04/21
歴代のノートをパラパラとめくっていると、何代目か忘れたが、すっかり黄ばんだページに書かれたうまさんの文章が目に留まった。
まだ行ったことのないカレー屋に行こうと思ったうまさんが、その店のホームページを見てみると、「店主が脳梗塞で入院」と書かれていた。幸い軽症だったので2~3ヵ月で復帰したいとも書かれていたそうだが、他にも個人店の店主が体調を崩した話を聞いたことがあったうまさんは、気を付けよう、と思うと同時にこう思ったそうだ。
「個人の飲食店の味って、そこが終わったら跡形もなく消えちゃうんだ、ということ。気になる店があったら早め早めに行こうと決めました」
草枕が終わって、あのカレーの味は跡形もなく消えたのだろうか。
消えたとも言えるし、消えていないとも思える。
「食べたことのないカレー」は「食べることのできないカレー」になった。
食べることはできないけれど、イメージの中で思い出せる気がする。
草枕で働いた後に自分の店を開業した人も沢山いて、皆、草枕とは違う自分のカレーを作っている。
自由。
カレーは自由、と、うまさんは言っていた。
だとしたら、草枕はカレー屋であり、カレーのような場所だった。
追記1
閉店に向かう期間中、スタッフや常連さんに配布されたうまさんのミックススパイス。それを使って確実に美味しいカレーを作る自信もないし、使い切ってしまうのも惜しくて、時々何かの仕上げに振りかけてみたりしていたが、未だに小さな瓶の中に入ったまま、甲子園の砂の如く、形見分けにいただいたお皿やスプーンと一緒にうちの台所に鎮座している。
追記2
時折、うまさんにメールをすると、やはり何かしらちょっと患っている感じだが、変わらぬテイストの文面に、少しほっとする。詳しい近況は聞かないけれど、何か新たな自由を見つけているといいな、と、ほんのり思っている。

▼田辺一記 X
(了)
前回はこちら(落語家・三遊亭あら馬さん)
編集部のおすすめ(瀧口雅仁さんによる一記さんのインタビュー・前編)
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