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2026年7月のつれづれ(玉川絹華の名披露目、東家孝太郎の15周年、港家小ゆきの挑戦)

月刊「浪曲つれづれ」 第15回

東家孝太郎、15周年の歩み

 そこから2週間後、二つの台風が本州を縦断するという予報が出た6月27日に「東家孝太郎 入門十五周年 記念公演」が同じ浅草木馬亭で開催された。

 荒天の影響でキャンセルが出るかもしれないと思ったが、実際に足を運んでみるとあにはからんや札止めの満員で、大入り袋が配られていた。台風の影響が思ったよりも軽微だったこともあろう。孝太郎は運が強い。

 東家孝太郎の入門は2011(平成23)年5月、もともと民族音楽などを手がけるミュージシャンだった。二代目東家浦太郎が講師を務めていたカルチャースクールで浪曲の魅力を知り、そのまま入門をしたのである。

 故・二代目浦太郎は節にかけては天才肌で、関西節だろうが関東節だろうが、自在に再現することができた。カルチャースクールでも軽々と唸ってみせるのを見て、これならできるかもしれない、と孝太郎は思ったのだそうだ。

 音楽の素養を活かし、まず倍音浪曲(ばいおんろうきょく)で斬り込んだ。モンゴル由来のホーメイを浪曲に採り入れたもので、モンゴル力士が日本の角界に殴り込みをかけてくる「江戸相撲蒙古襲来」などの作品がある。

 実は都市伝説マニアであるそうで、そうした関心を反映した新作も手掛けているが、印象深いのは故・清水俊夫の台本により「幡随院長兵衛」の連続読みに挑戦したことだ。二代目浦太郎は侠客ものを得意としたが、師の芸風を踏襲することにも熱心であった。

 この記念公演のトリでは、師匠の得意ネタから長谷川伸原作「瞼の母」の前日譚にあたる「忠太郎月夜唄」を熱演した。曲師はここのところ相三味線として孝太郎を支えている沢村まみである。

 口上の司会は弟弟子の東家恭太郎が務め、日本浪曲協会会長・天中軒雲月、奈々福という幹部二人のほか、二代目浦太郎のおかみさんも異例のことだが口上の席に並んだ。目をかけてきた弟子が15周年を迎えたということで感無量であったことだろう。

 浪曲の世界では、入門15周年は講談・落語における真打と同じである。つまり弟子をとって一家を構えられるということだ。

 この日の木馬亭では、弟子の東家優太郎(あずまやゆうたろう)がデビューを果たした。師匠と同じで、孝太郎が講師を務めるカルチャースクールの受講者として最初は入ってきたのだそうだ。

 この日は舞台の後見を務めたが、「徳川家康少年時代 人質から成長まで」を口演した雲月会長の舞台で、ちょっとしたしくじりをやらかした。終演後、まだ雲月がお客に頭を下げている途中で幕を閉めてしまいそうになったのだ。

 そこは百戦錬磨の会長、少しも慌てずに「ちょっと待った」と呼び止めて、「いろいろな人がいるけど私は、下手、上手、正面と順番に頭を下げるから、そこで幕を閉めるの」と舞台で指導を行った。お客は大受けである。

 これから木馬亭定席の後見にも入って、いろいろなことを学んでいくだろう。師匠と共に東家優太郎、大きく成長してもらいたい。