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涼を装う

「二藍の文箱」 第15回

 記憶のふたというのは、おもしろい。

 ひとつのふたを開くと、思いもしなかったふたが開く。そんなことを思い出していると、浅草を出て1時間半、赤城まではあと少し。

 東武動物公園を過ぎたあたりから、関東平野の広さを目の当たりにする。車窓の外は30度を超す暑さのようだが、空調が効いた車内は、涼しげでなく、涼やかだ。

 歌司、三木助、両師もそうだし、わたしもそうで、なにも洒落者になろうというわけでなく、高座を降りてからも落語家でいたいということだろう。なにしろ、どんな職業もそうであるように、1日のうちで直にそれに触れている時間よりも、触れていない時間のほうが長いわけだ。

 1日のうちで、ということは、一生で考えても同じこと。

 田には水が入り、目に涼やかではあるものの、途中停車駅でドアが開くたびに、現実の風がひとかたまりとなって、もわっと入ってくる。

 涼しげな顔をしてプラットホームに降りられるだろうか。

 そんなことを考えながら、ふと、思う。

 そうか、ふだんから高座に上がる時だって、軽やかな顔であったり、楽しげな顔だったり、時として涼やかな顔をして客前に出る。してみると、なるほど、と膝を叩いたテーラーでのあの極意は、実はわれわれが日常的にしてきたことだ。

 駅から車に乗り、落語会の会場まで。隣を流れるのは渡瀬川で、むこうに見える赤城山は雲に隠れてその姿は見えず。何度かカーブを曲がると、古い芝居小屋「ながめ余興場」が見えてくる。

 朝早くからながめ黒子の会のみなさんが、落語会の準備をなさっている。その半纏姿の沢山の方が見えてきた。暑い中、ありがたいこと。

 車を降りて、挨拶をするわたしは、涼やかな顔が出来ていただろうか。

(文中、敬称略)

三遊亭司 X

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