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牛乳の日(6月1日)に思う

「すずめのさえずり」 第十二回

牛乳の日(6月1日)に思う

画:原田みどり

古今亭 志ん雀

執筆者

古今亭 志ん雀

執筆者プロフィール

 小学校6年生の娘が、身長150センチに達した。偏食のくせに。

 当時の自分が141センチであったことを振り返ると「マア近頃の若者は発育がいいね」と思うのだが、そんな自分もかつては「発育のいい近頃の若者」世代であったことを考えれば、そこから導き出される結論はただひとつ、己がチビであっただけ、ということになる。

 父は「子供の頃に背が低いほうが、大人になるときに伸びるんだ。最初から大きいやつは成長も早く止まる」と言っていた。しかし、では163センチ程度だったと記憶している父が大柄な少年であったか、というと、そのような話は聞いたことがないので、この説ははなはだ疑わしい。

 中学から高校にかけては、年に7センチくらい伸びた年もあり、あの頃運動と栄養に留意して、深夜ラジオにハマることがなければ、まあおおむね我々世代の平均とされる、170センチ程度にはなったのだろうか。

 落語家は、おそらく他の世界に比べると、低身長がハンデにはならず、むしろ得になることもある。

 滑稽噺をするときはチビなりの愛嬌が活きてくることもあるだろうし、着物を誂えるにも反物が足りなくなることがない。反面、池袋演芸場の楽屋のように、荷物棚が高い位置にあったりすると、かばんを置くにも一苦労である。

 立前座になった頃、新前座として林家木りん君(現、希林師匠)が入ってきた。先輩前座として指導もしなければならず、彼は「あの頃の兄さんメチャメチャ怖かったですよ」などと語っているが、元大関の清國関を父に持つ彼とは、身長差が28センチあった。踏み台がほしい。

 「あのときさ、正直その気になれば俺を○せると思ってたでしょ」と聞いたら「ええまあ」だって。正直者め。