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2026年7月のつれづれ(玉川絹華の名披露目、東家孝太郎の15周年、港家小ゆきの挑戦)

月刊「浪曲つれづれ」 第15回

2026年7月のつれづれ(玉川絹華の名披露目、東家孝太郎の15周年、港家小ゆきの挑戦)

晴れ舞台を祝うため、たくさんのお客様が訪れた

杉江 松恋

執筆者

杉江 松恋

執筆者プロフィール

玉川絹華、7年越しの名披露目

 めでたいことが続いた6月の東京浪曲界だった。

 まず6月13日に、浅草木馬亭にて玉川絹華(たまがわきぬか)の名披露目(なびろめ)興行が行われた。

 浪曲には真打制度がないため、講談・落語では二ツ目昇進にあたるタイミングで、ここからは一本立ちして、一本独鈷(いっぽんどっこ)で仕事を請け負える芸人になりますよ、という披露目を行う。「年季明け」と称する一門もあるが、玉川の場合は「名披露目」である。芸人として一生に一度の晴れの舞台を祝おうと押し寄せたお客で木馬亭は満員になった。

 口上には、玉川一門の重鎮が並ぶ。現役では最長老となるイエス玉川は、三代目玉川勝太郎門下であり、故・玉川福太郎の兄弟子である。現在は日本浪曲協会に属しておらず、この日がひさしぶりの木馬亭出演となった。日本浪曲協会会長・五代目天中軒雲月が口上の席を引き締める中、玉川一門二人の重鎮が並んだ。

 一人は日本浪曲協会参与の玉川みね子である。福太郎の妻であり、相三味線(あいじゃみせん)として長年、夫を支え続けた。現在は福太郎一門の総帥として弟子たちを束ねる立場にある。このみね子が預かり弟子として取ってくれたおかげで、絹華は浪曲を続けられたのだ。もう一人、玉川福助は福太郎一門の惣領弟子で、絹華にとっては浪曲師としての芸の指導を受ける上での師匠ということになる。

 通常であれば入門から4~5年で浪曲師は昇進する。絹華はそこに7年かかった。入門は2019(平成31)年で、奈々福門下でまず「奈みほ」の名をもらって修業を開始した。2024(令和6)年に事情があって奈々福門下から離れることになる。ここで預かってくれる師匠がいなければ、浪曲を続けることはできなかった。みね子預かりになることで芸人としての命脈がつながったのである。福助を通じて福太郎節を学び、それを我がものにしたということで昇進の許可が下りたのだ。