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午後の逡巡

「二藍の文箱」 第12回

 もたもたしていると、きびきびとしたねぇさんにせっつかれるが、かつてはこの店を切り盛りしていたそんなねぇさん連中も、あの流行病の数年ですっかり入れ替わってしまった。それと同じくして、港湾や京浜工業地帯で汗水流して働いていた、この店の主だった客層もだいぶ変わってしまった。災害や戦争は時間を止めさせておいて、一気に時間を進めさせる。

 酒場や食堂でああいった男性客を捌くには、有無を言わせないねぇさんでないと無理なはなしだ。

 わたしはこの手の食堂や酒場の、そんなねぇさん連中をまずそらさない。

 長らく、そんな銘店の最年少かと思われる客であったわたしの立ち位置は、「おじゃまいたしております」であり、つねに感謝の言葉と笑顔、場合によっては詫びの言葉。それらを、躊躇わず、素早く、はっきりと。酒場でなくても、これで間違いはない。

 だから、「あの店、あたりがきつくない?」という店でも、厭な思いをしたことは、まずない。

 こちらは遊芸を稼業とする身だ、世情のあらで飯を喰うだけでなく、世の中の片隅にそっといなくてはいけない。主役は高座の上でのはなしで、社会での主役は、客席にいる皆さんだ。

 そんな酒場や湯屋、銭湯での身の置き方は、みんな楽屋の大先輩方に教わった。

 ありがたいはなしに違いないが、そんなことは、どうでもいい。どうでもよくないが、いまは、なにを頼むか、だ。

 こちらはひとり。

 1時間半後に酒席を控えている。

 本屋で文庫本を買って、駅前の食堂で、飲りながらすこし目を通そうという心づもりだ。その街の本屋で文庫本を買って、その街に息づいた食堂ないしは酒場で酒を飲む。当たり前のように出来たことも、どちらも街から消えつつある。