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第十二話 「荒れるチラシ」

「令和らくご改造計画」

#5

 話は戻るが、予約サイトを使用できない理由があるのもよくわかる。

 例えば、予約サイトによっては、「高額な手数料」が発生するものもある。二ツ目になったばかりの若手が、木戸銭1500円で落語会を開いたとすると、予約サイトによっては、お客様は手数料込みで2000円近く支払うことになり、また主催者側も1500円を丸々受け取れるわけではない。さらにそこから何パーセントか引かれる。

 これでは、お客様も主催者も、損をした気持ちになる。

 「当日現金払い」にすれば、無料で利用できる予約サービスも実際には存在するのだが、ただ、そういったデジタルサービスを使いこなすこと自体が難しいという主催者もいるだろう。何かトラブルが起きないよう、自分が理解できる範囲のツールだけで管理したい。その気持ちも十分によくわかる。

 なので、小規模で、常連のお客様だけを対象にした会であれば、メール予約だけでも悪くない。さらにそれで客席が埋まっているのなら、イベントとして何の問題もないと心から思う。実際そういったイベントは知っているし、これまでの内容も無視してもらって構わない。

 しかし、「初心者にも気軽に来てほしい」と思っているのであれば話は別だ。初心者は行きづらい。その事実だけは、念頭に置くべきなのだ。

 現代人、とりわけ若い世代は、そのコンテンツの見た目が現代的であることに安心を覚える。

 少し違う話かもしれないけれども、僕はトイレには、できればウォシュレットが付いていてほしいと思う。なくても構わないが、せめて洋式であってほしい。和式トイレだって使えないわけではないが、それしかない施設に当たると少し、いや割と残念に感じる。

 当たり前が変わってしまった現代人は、そうでなかった時に少しだけ引いてしまう感覚を持っているのではないだろうか。少し汚い例えになってしまったけれども、そこまで離れた話でもないと思っている。

 昔ながらだから良い。味がある。もちろん、そういう価値もある。しかし現代では、「昔ながら」というだけで、マイナス要素として映ってしまう場面も確実に存在するのである。

 とはいえ、こういったことも、当事者である小中規模の落語会主催者、いわゆる席亭さんたちへ共有する術がない。SNSへオープンに書いてもいいし、YouTubeで話してもいいが、全員がそれらを見ているわけではない。どう発信したところで、全員へ届けることは不可能だ。

 けれども、少なくとも、この連載を読んで、何かを掴んだ席亭さんは、今、少しだけラッキーだと思っているはずだ。その感覚で正しいと思う。

 もし、「そんなことをする必要はない」「今までこうやって来たのだから、そんなことを言われる筋合いはない」と思ってしまっているならば、将来的に見て、正直危うい。時代とともに顧客の感覚も変化している。

 ……と、いろいろ書いたものの、前提として、主催をしてくれる方がいるから、我々の商売が成り立っているのだ。その感謝の気持ちも絶対に忘れてはならない。

 いつもありがとうございます。

 しかし、だからこそ──。