2026年7月の最前線 【前編】 (講談界の襲名について考える)

「講談最前線」 第23回

眠れる名跡

 今、東京の講談界で空席の名前を挙げれば、まず落語界における「三遊亭圓朝」と並ぶ講釈師であった、松林伯圓(しょうりんはくえん)がある。だが、この名前は、圓朝に継ぎ手がいないのと同様になろう。

 各一門の大きな名前で言えば、錦城斎典山(一龍斎派)、宝井馬琴(宝井派)、田辺南龍・南鶴(田辺派)、神田伯龍(神田派)、小金井芦州(小金井派)などがある。ほかにも一立斎文車、伊東凌朝、柴田南玉、放牛舎桃林、大島伯鶴、桃川如燕、邑井一、邑井貞吉、木偶坊伯鱗、神田ろ山といった、錚々たる名前もある(順不同)。

 一龍斎貞丈、貞山、貞水、また先に挙げた馬琴は、その芸譜にある若手中堅が襲っていける名前であり、今は上方で名乗る講釈師もいる南龍という名前は、元々は田辺のビッグネームであるから、田辺一鶴(たなべいっかく)が育て上げた一門から手を挙げる人があってもいい。貞山は、七代目の愛弟子であり、愛娘でもある一龍斎貞鏡(いちりゅうさいていきょう)の心の中にあるはずだ。

 そして、小金井芦州(こがねいろしゅう)もいい名前だ。個人的な話であるが、高校生の頃、学校をさぼって本牧亭に聴きに行った思い出がある。ノッていた時の侠客伝の良さに、二日酔いだった時の(?)『水戸黄門』……と、『水戸黄門』の時のほうが多かったか(笑)。

 昭和の名人・五代目古今亭志ん生が、一時期、講釈師として三代目芦州門下で「芦風」を名乗っていたのはよく知られる話だが(近年の研究で、志ん生は落語家を辞めて講釈師になったのではなく、落語家と講釈師の二枚鑑札〈届け出〉をしていたことがわかっている)、本来であれば、六代目芦州唯一の弟子である宝井琴柳(たからいきんりゅう)に襲名してもらいたく、本人に勧めたこともあったが、首を横に振るばかり。

 小金井という亭号はまた、芦州になる人が名乗ることが多かった西尾麟慶(にしおりんけい)とともに、宝井にある名前であるだけに、宝井派の講釈師に狙ってもらいたい。現講談協会会長の宝井琴調(たからいきんちょう)と宝井琴柳がそれぞれ七代目馬琴、七代目芦州を継ぐという、W七代目襲名をする企画も面白いと思うのだが……。