NEW

2026年10月の最前線 【後編】 (佐渡で講談を想う / 連続物の面白さを味わう)

「講談最前線」 第30回

 その佐渡での舞台がまさに金山で、水掻き人足の詳細を金山訪問で知ることができた。

 坑道を掘り進めていくと、地中からの湧き水も多くなり、その水を汲み出す人足が必要になる。その作業にひと役買ったのが、水上輪(すいしょうりん)という、細長い木桶の中にらせん状の翼を取り付けて、アルキメデスの原理でそれを回転させることで、水を汲み上げる道具だ。

 しかし、狭い坑道もあり、使用できない場所では釣瓶や手桶を使っての人海戦術も必要であり、その人員が必要であったわけだ。そのような作業で体力を消耗し、当然のことながら腹も空く。それに恋女房が牢の中にいるとなれば、心配になっての行動であったわけだ。

 それにしても、そこに人の情念があったとはいえ、与三郎にしてもお光にしても、たどり着いた対岸がともに柏崎であったというのは、偶然なのか。佐渡の真南にあたるからという理由も成り立つかもしれないが、海流の関係などもあってのことなのか。鯨波は今、「日本の渚百選」に選ばれた海岸であり、日本海側で初めて開設された海水浴場であるとされ、与三郎はそんな綺麗な海岸を目指したかったから……というわけではないはずだ。

 ちなみに金山と言えば、講談には『金山奇談』という話がある(らしい)。読みは「きんざんきだん」ではなくて、「かなやまきだん」。とはいえ舞台は佐渡で、島内に棲む貉(むじな)が色々に化けて、人を化かしたり、人のためになったりという話で、角書き(つのがき)に「佐渡土産」とあり、1911年(明治44年)に揚名舎桃李(ようめいしゃとうり)が春江堂からの速記を残している。

●最後のトキと、ある男の涙

 今回の旅で一番感動したのは、トキの動く姿を見られたことだ。「トキは日本にあと一羽!」世代からすると、佐渡島内に500羽近くまで増えたということに驚いた。そしてその地道とも言える保護活動は、1968年(昭和43年)にはじまり、最後のトキ「キン」を保護した宇治金太郎(うじきんたろう)とのストーリーは涙なくして聞けなかった。

 日本で最後の一羽となったトキをどうするか。「自然のままがやはり幸せなのでは」という思いもあるが、群れをなせないので、カラスや天敵に何度も襲われそうになる。保護することで未来に繋がるかもしれないと、捕獲することになり、その際に選ばれたのが餌付けをしていたことで、警戒心の強いトキが馴れていた宇治金太郎であった。

 依頼された宇治金太郎だが、その決行の日に、いつものように近づいてきたトキを抱き締めた時に、「裏切り者になってしまった」。このセリフの重さ。そして、それから35年が経ち、年老いた「キン」は既に飛ぶ力がなかったが、その日、大きく羽ばたいて、飛び上がるも壁にぶつかってしまい、それで命を落とす。宇治は「最後に自然に飛んで行きたかったのだろう」。

 『佐渡島とトキ』または『トキと宇治金太郎』といった講談にならないものか。完成した暁には佐渡で講談会を、その時は私も付いていって、講談の説明を!と図々しいことを思いつつ、たらい舟ならぬ、佐渡汽船は「おけさ丸」で新潟港へ。与三郎のように江戸まで歩く力はないなあと高速を使って車で帰宅した次第。

▼先端技術の導入と改良(佐渡市公式ホームページ)

▼トキのたより(佐渡市公式ホームページ)