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夏川を 越す相方の 手を引いて

「朝橘目線」 第15回

 きっかけは思い出せない。

 コロナ禍の最中、自転車なら三密を避けられるというのが大義名分だったか。ある日ふと、自転車で気の向くまま出かけてみた。

 いつ何時どんな些末な物事でも悩む性質で、酒の力を借りないと寝つけないこの私が、自転車を駆っている時は“下手な考えスパイラル”から解放されると気づいた。

 何時間乗ったか、心地よい疲労とともに、喫緊の課題に対する明瞭な答えが湧いていた。以来、サイクリングの虜になった。自転車に乗っている時だけは、無心になれる。乗り終えると頭が冴える。

 自転車は座禅である――

 その頃から、繰り返しそう述べている。現在のところ、誰からも賛同の意をもらっていない。

 乗り始めの頃は、小柄な車体が窮屈に感じたものだが、いつしか体が自転車に適応していた。着物が体になじむように。人馬一体ならぬ、人車一体。

 当時出演していたラジオ番組で、サイクリングが好きだと話したところ、リスナーさんから交通安全のお守りをいただいた。ハンドルの真ん中にそれを付けた時のことを、今でもよく覚えている。

 愛娘に髪飾りをつけてあげるような気持ちだった。