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シン・道楽亭、誕生前夜から今へと続くキャリー・ザット・ウェイト Part.4

月刊「シン・道楽亭コラム」 第16回

共同席亭という仕組みと、我々がまとまるための装置としてのシン・道楽亭

 古今亭菊太楼師匠ご夫妻+Tさんとの飲み会がきっかけになったシン・道楽亭への道は、2024年6月に決断を迫られることになる。

 前回も記したが、道楽亭を受け継ぐかどうか迷いの森の中にいた私に、不動産屋社長が決断を促した。

 「新宿二丁目の路面店なんてめったに出ないんだから、すぐに借り手が見つかる。早く決めてくださいよ」

 前オーナーの橋本さんが急逝されたのが、2024年5月23日。不動産屋社長が示した締め切り日は、6月20日だった(2年後の今年7月、無事更新することができました。次の2年も頑張ります)。

 私は運営に関して、「共同席亭」という言葉をこしらえた。AIに尋ねると、共同席亭という言葉がネットに表出するようになったのは、シン・道楽亭ができてからだと返答された。単純な言語の組み合わせだが、以前にはなかった造語だ。よって前例がない仕組みを模索していくことになる。

 今にして思えば、共同席亭という言葉は、分かりやすくはあると同時に、ちょっと身に余る肩書きだったかな、という気もする。

 私は長年演芸界を取材し、席亭という言葉の重さを知っているので、自分自身が「共同席亭の渡邉寧久です」と名乗ったことは一度もない。たった一度も。「共同席亭」の名刺を作ったこともない。

 原稿を書く際、プロフィールを掲載することもあるが、その際も「新宿二丁目でミニ演芸場シン・道楽亭の運営に関わっている」という具合。共同席亭という言葉を使い続けるかどうかは別として、私が自ら「共同席亭です」と名乗ることは今後もない(このコラムではクレジットされていますが)。