NEW

同窓会という浪漫飛行へ

「噺家渡世の余生な噺」 第16回

もともと持っていたもの

 もちろん、変わった者もいる。

 当時、少々やんちゃで、言葉遣いや態度を先生から指導されていた者がいた。ところが今回会ってみると、誰よりも謙虚で言葉遣いにも気を遣っている。結婚して子どもができたことが大きいらしい。

 その子どもたちは、母校での学校寄席で私の落語を親たちより先に観ていた。「子どもが楽しかったと言っていました。ありがとうございます」と言ってくれた。昔なら、こんな言葉をその者から聞くとは思わなかった。

 行事というものに少し冷めていた者が、同窓会に参加していた。掃除の時間にそれほど協力的ではなかった者が、会場の片付けでは自ら動いている。そして、「サッカー観戦の後は観客席の片付けをするんだよ」と照れくさそうに言っていた。

 人間が変わったのか。いや、変わったのではない。もともと持っていたものが人生のどこかで表に出てきたのかもしれない。当時は見えていなかったものが三十年経って見えてきた。変わったのは相手ではなく、こちらの見る目だったのかもしれない。

聖職という名の向こう側

 同窓会には、学年の先生方も何人か参加してくださった。

 残念ながら、すでに亡くなられた先生もいる。先生方の挨拶が始まると、酒も入っているので、昔なら考えられないような野次や合いの手まで飛ぶ。先生も笑っている。三十数年前なら絶対にできなかった。

 最後に、生活指導の体育の先生がマイクを持った。そして、昔と同じように号令を掛けた。その瞬間だった。あれほど騒いでいた会場が一斉に静かになった。誰も打ち合わせていない。身体が先に反応したのである。会場に笑いが起こった。これを最後に持ってきたのが偶然なのか、先生方の演出なのか。もし計算だったとしたら、同窓会慣れした先生の勝ちであろう。

 先生方は、三十数年ぶりに会った私たちをもう子ども扱いしなかった。社会人として接してくれた。ある先生については、初めて担任を受け持った学年だったと話してくれた。また別の先生は、当時は経験が浅く、生徒の立場を考えずに理不尽な指導をしたことがあった、と話してくださった。

 私たちは「そうだったのか」とは思わなかった。誰も恨んではいなかった。あの頃、先生方は私たちを信じて叱ってくれた。子どもの頃、教師という仕事を、私は「聖職」だと思っていた。今は違う。先生方も、悩み、迷い、失敗しながら教師という仕事をしていた、一人の人間だったのだと思う。

 それでも、先生方からもらったものは消えない。人生が順風満帆だったわけではない。それでもここまで歩いてこられたのは、あの中学校で「自分を認めてくれる人がいる」という経験をしたからではないかと思っている。その一人が私である。だから今度は自分も誰かにとってそういう人間でありたい。

 世間から評価されるかどうかではない。自分が「この人のために何かしたい」と思える人のために動く。そして、自分の知らないところでも誰かの力になれる人間でいたい。先生方を見て、そんなことを思った。