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同窓会という浪漫飛行へ

「噺家渡世の余生な噺」 第16回

過去を積み込んだ浪漫飛行

 二次会のカラオケで昔の歌が流れた。

 「浪漫飛行」「夏の日の1993」、そして「SAY YES」。私たちの学年には、それぞれの時代を思い出させる歌だ。「浪漫飛行」は、私たちが中学生になる少し前、JALのキャンペーンCMに使われていた。文化祭や、事あるごとにテーマソングとして使用されていた。それだけに、今聴いても、あの飛行機が未来へ向かって飛び立っていくような高揚感がある。

 「夏の日の1993」は、その名の通り、一九九三年の夏を思い出させる。私たちが中学二年だった、まさにあの夏の歌である。そして「SAY YES」は、一九九一年の大ヒット曲。その後も長く聴かれ、カラオケでは定番の一曲だった。

 モニターに歌詞が映り、みんなの声が重なった。その瞬間、三十数年前の教室や廊下が、妙に近く感じられた。曲が流れ始めると誰かが歌い出す。すると次の人が続く。気がつけば全員で歌っている。

 特に「浪漫飛行」は、モニターに映る歌詞を見ながら、私は妙なことを思った。中学生の頃は、この歌を「未来」への歌だと思っていた。これから何かが始まる。これからどこかへ行く。そんな気持ちで聴いていた。だが、五十歳を前にすると、少し違って聴こえる。

 過去を抱えたまま、現在から未来へ飛び立つ歌なのだ。過去を捨てる必要はない。昔の自分を置き去りにする必要もない。あの頃の自分を連れてもう一度飛び立てばいい。そう思った。

 人には、人生の中で何度か全盛期がある。学生時代かもしれない。仕事を始めた頃かもしれない。家庭を持った時かもしれない。人によって違う。だが全盛期は「過去のもの」だと決める必要はない。

 あの頃の友だちに会う。あの頃の音楽を聴く。あの頃好きだったものをもう一度やってみる。あの頃住んでいた場所へ行ってみる。そうすると、昔の自分が、案外まだそこにいる。少し埃をかぶっているかもしれない。だが、ちゃんといる。

 同窓会とは、昔の仲間を確認する会だと思っていた。違った。昔の自分をもう一度確認する会でもあった。そして、その自分を連れてまた未来へ向かう。それが私にとっての「浪漫飛行」だった。

 三十数年前の少年が、五十歳を前にした私の背中をもう一度押してくれた。

 さて次にどこへ飛ぶか。それはまだ決めていない。だが少なくとも、昔より少しだけ積み込んだものが増えた。失敗も、後悔も、仕事も、仲間も、師匠も、お客様もいる。それらをすべて積み込んで飛ぶ。

 あの頃の、どこまでも飛んでいけると思っていた身軽なプロペラ機での「浪漫飛行」もある。そして今は、いろいろなものを背負ったからこそできる、ジャンボジェットでの「浪漫飛行」もある。そんな今でしかできない「浪漫飛行」も案外、楽しいのかもしれない。

(文中、敬称略)

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