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同窓会という浪漫飛行へ

「噺家渡世の余生な噺」 第16回

同窓会という浪漫飛行へ

三十数年ぶりの同級生の前で挨拶する筆者

柳家 小志ん

執筆者

柳家 小志ん

執筆者プロフィール

あの頃に戻った日

 二〇二六年七月下旬。

 母校中学校の初めての同窓会が催された(開催前の心情については、以前の連載で触れている)。学年全体となると、卒業後ほとんど顔を合わせていない級友たちが一堂に会する。私の人生の第一次全盛期である中学校時代をともに過ごした仲間たちである。あれほど、毎日が楽しかった時期はない。

 同級生の名前を聞けば、一人ひとりの顔が浮かぶ。三年間のクラス、部活動、文化祭、音楽祭。誰が何をしていたか。それぞれのエピソードまで思い出せる。我ながらよく覚えていると思う。というより覚えすぎているのかもしれない。

 初めは、会場へ入るまでに多少の勇気がいった。三十数年ぶりである。何を話せばいいのか。そんなことを考えながら会場へ入った。ところがそんな心配は必要なかった。会場に入った瞬間、幹事やすでに到着していた仲間たちが当時のあだ名を呼んで迎えてくれた。

 その瞬間だった。三十数年という時間が妙にあっさり消えた。一瞬にして、あの頃の気持ちに戻っていた。そのまま会場準備の共同作業を始める。

 ありきたりではあるが、千代紙で作った花や、風船を貼り付ける装飾をわいわいとやった。すると不思議なことに、まるであの頃の文化祭の準備をしているような高揚感が身体の中から湧いてきた。人間というものは案外、頭より身体のほうが昔を覚えているのかもしれない。

変わらないもの

 三十数年ぶりに会った仲間たちを見て少し驚いた。

 みんな、思ったほど変わっていない。当時の容姿を知っているからだろう。五十歳手前の顔を想像していたのに、目の前にいるのは私の知っている「あの頃の顔」だった。かくいう私も「全然変わってない」と言われた。それが褒め言葉なのかどうかは、聞かないことにした。

 性格もどこか昔のままだった。当時のムードメーカーは、やはり場を盛り上げる。人懐っこかった者は、こちらから声を掛ける前に話しかけてくる。しっかり者だった者は、やはり同窓会を仕切っている。

 当時、少し大人びて見えた女子は、やはり早くに結婚し、子どもがすでに大学生や成人している。服装検査に引っかかっていたような洒落者は、今も美容や服飾の仕事をしていて、華やかだった。昔から裕福そうだった者は、今もそれらしい雰囲気をまとっている。

 高校卒業後に少々道を外したと噂になった者もいた。その話題になりかけると「触れないでくれー!」と笑いに変えた。昔の純粋なあいつに戻っていた。歳を取るというのは、昔の自分を捨てていくことではないらしい。どこかに、ちゃんと残っている。