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揺れ動いた、30代最後・熊本での夏

「ピン芸人・服部拓也のエンタメを抱きしめて」 第15回

熊本の底力

 帰省中、毎日、地元のニュースで被災地の報道がされていた。

 炎天下の中での復旧作業によって、物資は行き渡り始めたが、水が出ず、生活用水(トイレ、洗濯、お風呂など)が枯渇している状況だった。熊本の中心街はそこまで酷くはなく、2~3日でお店なども通常営業に戻っていた。しかし、二次的な災害として観光客が減った。キャンセルなどで数十億円の損害が出ているだそうだ。考えても仕方がない。

 日本は、地震以外にも、豪雨や災害が多い。しかし思ったのは、たくさんの方や団体、企業が率先して、義援金やボランティア活動へ協力している現状に、感謝と、助け合う人の力の凄さを感じた。私なりに考えて、行ける場所には積極的に足を運んだ。友人と毎日、知り合いの店や初めて行く店で呑み、話を聞いた。

 熊本市内や郊外のいろんなお店でも「義援金箱」が作られていた。被災地は大変だけど、大丈夫なところはちゃんと営業・運営を続けて、たくさんの人が来てくれたほうがいいということだった。地震発生当時、グラスが割れて大変だったお店もあったが、お店で話を聴くと、みんな元気で明るく、リカバリー力がものすごかった。またしても逆に、こちらがパワーをいただいた。

 予定していた山鹿灯籠まつりは、規模を縮小して開催され、千人灯籠や花火大会などの様々なイベントが中止となり、大宮神社で神事に関する行事のみが行われることになった。

 せっかくだからと、子供の頃に遊んでいた大宮神社に、帰省で同じく県外から来ていたハトコ(小6男子)を連れて行った。神社の周りに少しだけ屋台が出ていた。私はテンションが上がった。ハトコも楽しそうに、いろんなところを見てワクワクしていた。

 屋台でビールを買い、情景に浸っていると、「服部さん!」と、知り合いの女性に声をかけられた。本当に久しぶりで、地震のことや近況を話し、また見て歩いた。「たくや!」と声をかけてきたのは、小学校の同級生夫婦だった。約27~28年ぶりの再会だった。驚きつつも嬉しく、これからのことなどを話して、また会う約束をした。

 帰り道、ハトコが言った。

 「あのお姉さん、可愛かった」

 あの頃の自分を見ているようだった。