N氏の碑から浪江の海まで

「艶やかな不安の光沢」 第4回

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 もう夏も終わるらしい。

 さて、そうして私が過去に抱えていた二行ぶんの草稿は、時速約三百キロの機体の座席で読んだ旅行者向け小冊子からはじまり、半年のうちにいくつもの後悔を霞ませて過ぎて行ったのであった。

 震災から十五年である。

 いったい、どのくらいの日々の空白を、引用先不明記の出典を、古本や、紙切れや、しわくちゃのパンフレットを、無精のメモ書きや抜き読みの書物を、ばらばらと空中に投げ捨てなければならないのだろう。それら負け馬券は、いつまでも握っていても、だめだ。現実はつねにあって、そうでなければ、生きていけない。しかし――その威勢の中にあっても、「手にふるる野花」のような、「見なれない花」のような思いに対しては、ときには真面目にならなければと思う。実際、この草稿を大事なもののごとく握りしめてきた私は、やはり往々にして、これからもそのような生き方をしていくしかないらしい。あらゆるものに賭け、あきらめ、そして捨て去り。傷心のうちに一縷(いちる)の未来を託して、汗して握りしめながら。走り続ける、故郷の勇敢な歴史、そのいのち。あるいはひとつの碑からも、大きな喪失と、小さな喪失とを繰り返し、過去に積み重なるそれら瓦礫(がれき)の日々からも、いずれ自分自身が立ち直ってくる夢を見ながら。大きな事象や運命には、毫(ごう)も逆らえない。それら年月が天からの恵みとでもいうならば、Einen geschekten Gaul schaut man nicht ins Maul.〈もらいものには文句をつけるな〉――

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 中山競馬場の草原を、いま、思い出す。
 駆け抜けろ。振り返るな。

林家彦三 X

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(毎月17日頃、配信予定)