第十四話 「踊る金持ちピエロ」
「令和らくご改造計画」
- 落語
三遊亭 ごはんつぶ
2026/09/12
#5
「落語家全員、世の中の流行に強制参加させます」
「強制参加?」
「はい。TikTokなどの縦型動画のダンス、ゲーム配信、コンビニスイーツの食レポ。もう何でもいいんです。まず、やってみることからです。落語を知らない人にも楽しんでもらえるものを考えて、発信しましょう」
「落語の動画は?」
「そんなもの、出しても流行りませんよ」
“そんなもの”呼ばわりである。しかし落語以外のことをやるとなると、色々な難しさがある。
「でも、師匠方がそんなことをやってくれるかな」
「やらない人には、協会からペナルティを課すのはどうです?」
「ペナルティ?」
こう坊くんは、声を落として言った。
「動画を投稿しない者は、年に2回の寄り合いで、ホテルビュッフェのローストビーフを食べてはいけない」
僕は思わず顔を上げた。
「そんな、落語協会員の生き甲斐じゃないか!」
年に2回、協会員が集まる寄り合い。そのホテルビュッフェで食べるローストビーフは、我々にとって生き甲斐に等しい。あの場では、普段は威厳のある師匠も、切り分けられる肉の厚さを真剣に見つめている。
「そこを取り上げるのは、さすがにかわいそうだよ」
「でも、それならやるでしょう?」
否定できなかった。そして数日後、なぜか本当に話が通った。最近の協会は、どうなっているのだろう?
こうして『落語家・世間適応週間』が始まり、所属する落語家は1週間に1本以上、落語以外の現代的なコンテンツを公開することになった。
投稿しなかった者は、次の寄り合いでローストビーフを食べられない。高座の出来は問われないが、動画の投稿履歴は確認されるらしい。芸の世界とは思えない審査基準である。
それでも師匠方は動いた。肉がかかっているのだ。
#6
――最初は悲惨だった。
80代の師匠が、流行のダンスをプルプル震えて踊っている。踊っているというより、足元の危ない人である。ゲーム実況に挑戦した師匠は、「こんなの分からないよ」とキャラクターを操作できないまま1時間が経ち、別の師匠はコンビニスイーツを食べ、「はい、甘い」とだけ言って動画を終えた。
これで何が変わるのだろう、と僕は思った。しかし、不思議なものである。それが、世間にウケ始めたのだ。
「おじいちゃんが頑張って踊っていて、かわいい」
「ゲーム下手すぎる」
「食レポが『甘い』だけなの草」
今まで落語に一切興味がなかった人たちが動画を見て、落語家の名前を覚えるようになった。街で「TikTok見てます!」と声をかけられた師匠が、満更でもなさそうに楽屋で報告している。これは、成功なのではないか。
世間との距離が縮まり、親近感が生まれている。確かにもう、“職業不明の偉そうな着物集団”ではない。何より、落語家たち自身が楽しみ始めていた。
「昨日より再生数が増えた」
「コメントがついた」
「フォロワーが1万人を超えた」
そんな報告が楽屋を飛び交うようになった。最初はローストビーフのためだったはずが、いつの間にか再生数のためになっていた。
そして、その数字をもっと伸ばそうとする者が現れた。
「次は、もっと過激にしよう!」
そう言って、某格闘技チャンネルへ出場し、あばらを3本折って帰ってきた真打がいた。高座へ上がっても、おじぎをするだけで痛いらしい。
客席を笑わせる前に、本人が腹を抱えている。
また、『神聖な寄席の高座で、焼肉をしてみた』という動画を公開した者もいた。さらには炎上商法へ手を出す者や、暴露系落語家まで現れた。ありとあらゆる世間の裏話を、八五郎と隠居の会話に仕立てるのである。
「ご隠居さん、VTuberの〇〇って知ってますかい」
「ああ、最近は曲も出して話題じゃないか」
「ええ。けれども最近は、夜な夜なメンズ地下アイドルたちと飲み会ばかり開いているそうでして、それから、その中の1人と付き合ってるらしいんすよ」
「そりゃあそんなこともあるだろうな。VTuberは『恋(こぇ)』の仕事だ」
……どこが江戸の噺なのだ。風情もなにもない。あと、オチも微妙である。しかし、これが妙にウケる。ただしコメント欄では、落語の腕より、次に“誰の名前”が出るかが注目される。
それでも、世間への広がりは本物だった。テレビやネット番組へ呼ばれ、企業案件も入り、以前とは比べものにならない人数に名前を知られるようになった落語家が何人もいた。
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