第十四話 「踊る金持ちピエロ」

「令和らくご改造計画」

#7

 だが、その頃から、妙なことがはっきりしてきた。

 “落語の動画”だけ、伸びないのである。同じ師匠の『芝浜』は600回再生なのに、『落語じじい、タピオカを吐く』は80万回。

 人気の暴露落語は200万回なのに、その人が普通の『子ほめ』を上げると240回。しかもコメント欄には「今日は暴露ないんですか?」と書かれている。落語の形もウケていると思っていたが、結局はそうではなかったらしい。暴露がなければ、その落語は求められない。

 ゲーム配信で人気になった二ツ目が落語の稽古動画を公開すると、「稽古する暇があるなら、ゲームしてください」と言われる。ショート動画で人気になった師匠が人情噺を演じても、「長い」とだけ書かれる。世間が求めているのは、確かにその人だ。しかし、その人の落語ではない。

 そして、その影響は寄席へも入り込んできた。SNSで人気になった師匠が出演すると、若いお客様が大勢やって来る。ところが落語が始まると、客席は妙に静かになる。

 ……皆、待っている。何かを。

 一席終わり、師匠が頭を下げる。それから「それでは最後に、ちょいと立ち上がりまして」と座布団から立ち上がった。音楽が流れ、TikTokのダンスを踊り始める。

 「待ってました!!」

 若いお客様から声が飛ぶ。15分の落語より、最後の45秒のダンスの方が明らかに盛り上がっている。中には「ダンスの部分だけ撮影OKです」と告知する師匠も現れた。すると客席は、落語の間ずっとスマートフォンを膝の上に置き、撮影できる瞬間を待つようになった。

 もはや落語自体が、待ち時間になってしまった。

 しかし、お客様を責めるわけにもいかない。そういう人として世間に知ってもらったのは、こちらなのだから。寄席側も、客席を埋めるために「TikTokで話題」「登録者100万人」といった肩書きを大きく打ち出すようになった。ただ落語の上手い師匠には、そういう肩書きがない。

 ついには、ある若者へ「あの人はTikTokで有名だけど、落語もすごく上手いんだよ」と教えると、驚かれた。

 「えっ、落語もやるんですか? 趣味ですか?」

#8

 やがて、落語家たちの生活も変わっていった。

 寄席の出番を断って動画を撮る。稽古をせずに生配信ばかりする。高座へ一回上がるより、生配信を一回した方が儲かるのだから、そうなるのも当然なのかもしれない。一本の落語を仕上げるより、一本の過激な動画を作る方が、多くの人に見てもらえる。

 そういう経験を重ねれば、時間の使い方も変わってくる。

 以前は暇さえあれば稽古をしていた若手たちも、今は暇さえあれば、「何をすれば炎上するか」を考えている。落語家が注目を浴び始め、世間へ広まったが、あろうことか、落語が置いていかれたのである。

 もちろん落語家は、落語以外の仕事をしてはいけないわけではない。そもそも“別の見せ方”が必要だと考えていたのは僕だ。それでも、このまま寄席文化から離れていってしまうのなら、一体それは、何を広めたことになるのだろうか。

 僕は、楽屋でスマートフォンを眺めていた、こう坊くんを呼び止めた。

 「こう坊くん、あの日からすっかり状況は変わったけれど、これ、まずくない?」
 「何がです?」
 「確かに落語家は有名になったよ。でも、みんな落語から離れていってるじゃないか」

 彼は、画面から目を離さない。

 「世間との壁はなくなったでしょう?」
 「なくなったけど、落語までなくなりそうなんだよ」

 そこでようやく、こう坊くんが顔を上げた。

 「兄さん、これを見てください」

 差し出されたスマートフォンには、とある若手真打の動画が表示されていた。今やインターネット上では知らない人がいないほど有名になった、あの若手である。以前は寄席で何度も顔を合わせていたが、最近はすっかり見かけなくなっていた。

 動画のタイトルは、

 『落語、初披露。』

 初披露って、あんたは真打だろう。何年やっているんだ。そう思ったが、その下の数字を見て、言葉が止まった。

 再生数、1000万回以上。

 画面を押すと、若手真打は座布団に座って落語を始めた。踊るわけでも、誰かの秘密を喋るわけでもない。ちゃんと、一席の落語だった。

 コメント欄には、「初めて落語を最後まで見た」「意外に面白かった」「次の公演、見に行きたい」と書かれている。

 こう坊くんは、画面を指した。