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〈書評〉 上方落語 笑われてあと心地よき 寄席囃子 (四代目 林家染丸・門弟一同 著)

「芸人本書く派列伝 オルタナティブ」 第16回

〈書評〉 上方落語 笑われてあと心地よき 寄席囃子 (四代目 林家染丸・門弟一同 著)
杉江 松恋

執筆者

杉江 松恋

執筆者プロフィール

「染二のおっ師匠はん」の誕生

 楽しく読んでいくうちに、上方落語のイロハが身に入る。

『上方落語 笑われてあと心地よき 寄席囃子』(西日本出版社)は、そんな一冊である。著者は、四代目林家染丸とその門弟一同、上方演芸情報誌『よせぴ』発行に携わる日高美恵が編集を行っている。

 巻末年表に拠って書けば、林家染丸は1949(昭和24)年に大阪府大阪市の、現在で言えば西成区天下茶屋で生まれた。大阪府立今宮高等学校在学中の1966(昭和41)年に三代目林家染丸に入門し、「染二」の名を貰う。1967(昭和42)年に京都花月で初舞台を踏み、翌年2月に師匠も所属していた吉本興業に入った。だが6月にその三代目は亡くなってしまった。

 以降は兄弟子・四代目林家小染と共に林家復興のために尽力するも、小染は1984(昭和59)年1月に交通事故に遭って急逝、孤軍奮闘を強いられることになった。

 1991(平成3)年、四代目林家染丸を襲名。数々の受賞歴があり、2008(平成20)年に上方落語を題材としたNHK連続テレビ小説『ちりとてちん』(主演・貫地谷しほり)が制作された際には脚本監修や出演者への落語指導を務めるなど、この文化を広く伝えるための支柱の役割も果たした。2012(平成24)年には、上方落語界で8人目の紫綬褒章を受章するが、翌2013(平成25)年に脳梗塞を発症、療養生活に入った。

 本書でもっとも分量のある第一章「染丸でございます」は、療養生活に入った2014(平成26)年2月から2018(平成30)年11月まで「読売新聞」に連載した原稿を時系列通りに収録したものである。

 四代目染丸の功績は大きく、多岐にわたる。

 中でも特筆すべきは、上方落語と江戸落語を分かつ最大の特徴である寄席囃子の保存と振興に努めたことである。1966年に染丸が入門した際には、すでに囃子方の高齢化が進んでいたため、危機感を覚え、まずは自分が古老の千葉琴月(ちばきんげつ)に三味線を習った。

 その後、1974(昭和49)年9月から朝日放送で始まったテレビ番組『夕焼け笑劇場』で、笑福亭仁鶴が司会を務める大喜利で、替え歌コーナーの三味線を弾く役が与えられる。そこでの呼び名「染二のおっ師匠はん」は、広く通じるニックネームとなった。自分が弾くだけではなく、三味線教室を開き、10人を超えるプロの囃子方(はやしかた)を育成している。染丸一門の囃子方は、上は「はやしや」、下は本名に合わせた名前を付けるのが定番だ。