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第十三話 「誰のおかげで」

「令和らくご改造計画」

#3

 また、ほかには、動画を公開した方がよいと分かっていても、勇気が出ない落語家もいると思う。

 落語には現在、

 「閉鎖的」
 「小難しい」
 「古くさい」

 といったイメージが、少なからずある。だから自分の落語を不特定多数の目に触れる場所へ出した時、

 「何が面白いのか分からない」
 「全然笑えない」

 そんなコメントが書かれるのではないかという恐怖がある。

 寄席や演芸ファンが集まる環境で、長年芸をやってきた分、自分の感性自体が“寄席ナイズド”されている。その落語を世間一般へ持っていった時に「本当に通用するのだろうか?」「自分たちは、まだ世間のエンターテインメントと戦える場所にいないのではないか?」といった、漠然とした自信のなさもあるように思う。

 伝統芸能として落語をブランディングしてきたことで、芸の価値は守られてきた。しかし、同時に、

 「落語は普通の人には分かりにくいものだ」

 という印象まで育ててしまった。その印象を、落語家自身もどこかで感じていて、それがある種の自信のなさへと繋がっているのかもしれない。結局、いろいろな事情が重なり、意欲的に落語動画を公開する人が増えない。

 しかし、それらをすべて差し置いて、最も大きな問題がある。

 動画として公開した時に、多くの人が楽しめる可能性の高い落語家、……つまり芸に腕があり、実際に面白い落語家ほど、すでに業界内で引っ張りだこなのである。

 そういう人たちが自分でカメラを用意し、動画を編集し、タイトルや説明文を考え、定期的にYouTubeを更新するのは、かなり難しい。

 逆に、YouTubeを頻繁に更新できる落語家は、ある程度スケジュールに余裕があるということでもある。もちろん、暇だから芸がないという話ではないし、忙しい中で動画発信を頑張っている人もいる。

 だが全体として見れば、本来動画を出してほしい人ほど、動画を作る時間がない。このジレンマは大きいのではないか。

#4

 そんなことを考えながら、例によって楽屋の隅で頭を抱えていると、背後から声をかけられた。

 「兄さん」

 振り向くと、そこには前座の商売亭売坊(しょうばいてい・うりぼう)くんが立っていた。伸びかけた坊主頭。細い目の奥には、常に何かを計算しているような光がある。

 銀縁の眼鏡を指で押し上げながら、彼は言った。

 「兄さん、今の落語業界に一番必要なもん、何か分かります?」
 「やっぱりYouTubeじゃないかな」

 僕は、先ほどまで考えていたことをそのまま答えた。

 「結局、自分たちで頑張って動画を出していくしかないと思うよ」

 すると売坊くんは、呆れたように首を振った。

 「何言うてはるんですか、兄さん」
 「え?」

 「自分たちでやる言うたって、落語が面白くて仕事のある人は、そないな時間あらへんでしょう。YouTubeを毎週更新できるのなんて、仕事のない暇な落語家くらいですわ」
 「ちょっと待って。忙しい中でYouTubeを頑張ってる人もいるからね。誤解を招くようなことを言わないで」
 「そら、例外はおりますよ。けど、問題はそこなんです」

 彼は眼鏡の位置を直し、少しだけ声を落とした。

 「今の業界に必要なんは、YouTubeやないんです」
 「じゃあ何?」

 売坊くんは、きっぱりと言った。

 「事務所です」

第十三話「誰のおかげで」