第十三話 「誰のおかげで」
「令和らくご改造計画」
- 落語
三遊亭 ごはんつぶ
2026/08/13
#9
だが、そこで新たな問題が起きた。
半年間、誰一人として高座へ上がっていなかったのである。その結果、噛む、台詞を飛ばす、上下を間違える。中には、帯の締め方を忘れてしまった師匠までいた。毎日のように高座へ上がっていた反動で、一度習慣が途切れると、
「そもそも、どうやって落語をやっていたのか」
それ自体が分からなくなってしまったのである。
ただ、これもしばらく高座へ上がっていれば、元に戻るだろう。今回の事務所の件は失敗した。しかし、落語家をマネジメントし、動画や発信を支える仕組み自体が間違っていたとは思わない。今はまだ、その時ではなかったのかもしれない。
今後また、業界内で同じような動きが生まれる可能性はあるが、それまでは、自分たちができることを、それぞれの範囲で精いっぱい続ける。
結局、それが今の落語界にできる、最善の選択なのかもしれない。
──ちなみに、事務所の解体と同時に、商売亭売坊くんは姿を消した。
今どこにいるのか、誰も知らない。ああいった結果にはなってしまったが、この業界のためを思って始めたことだったのだろう。
その時、スマートフォンが鳴った。
画面には「非通知」と表示されている。少し不審に思いながらも、電話に出た。
「もしもし」
しばらく無言が続いた後、聞き覚えのある声がした。
「……兄さん」
「その声、売坊くん?」
「へへ。さすが兄さんですわ」
「売坊くん、今どこにいるんだよ」
「実は、とんでもない借金を背負ってしまいまして。もう東京にはおられへんようになりました」
「大丈夫なの?」
「まあ、何とかします」
声は、以前よりも力がなかった。そのまま電話を切ろうとしている気配がした。
しかし突然、彼は思い出したように言った。
「ところで兄さん。僕、なんであんなことを始めたんでしょうか」
「あんなことって?」
「事務所を作った時のことです」
少し間が空いた。
「正直、事務所を作ってから解体されるまで、ほとんど記憶がないんです」
「記憶がない?」
「まったく覚えてへんわけやないんです。うっすらとは覚えてます。でも、自分の意思でやったことやとは、どうしても信じられへんのです」
#10
この業界に入った以上は、前座修業を終えたら、いつか高座で活躍することを目指していただろう。そんな彼が裏方へ回り、事務所の経営にすべてを捧げていた。
言われてみれば、確かに不自然である。
「僕、落語がやりたくて入門したんですよ。せやのに、なんで先輩たちを働かせて、契約書を作って、経営者に接待させてたんでしょう。意味分からへんでしょう」
「……言われてみれば、そうだよね」
「ただ、聞いてください。兄さん……」
電話の向こうで、彼の声が少し震えた。
「意識はずっと、ぼんやりしてたんです。でも、その間ずっと、一つだけ強い気持ちがありました」
「どんな?」
「こうせんと、落語がなくなってまう」
その言葉だけは、はっきりとしていた。
「このままやったら落語がなくなる。僕がこうせんとあかん。ずっと、ただ、その気持ちに突き動かされてたんです」
「売坊、それは──」
「兄さん、僕、もう行かなあかんので」
「おい、ちょっと待って」
「どうも、お世話になりました」
そこで電話は切れた。
かけ直そうとしたが、非通知のため、番号は分からない。
「落語がなくなる」とは、前座の立場にしては、危機感が強すぎるのではないだろうか。しかし、売坊くんにも自分の意思では説明できない行動をしていた時期があるらしい。そんな話は、たしか以前に別の前座さんからも耳にした。
一体、彼らの中で何が起きているのだろうか。
……やはり最近、楽屋の様子がおかしい。
― 続く―

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