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第十三話 「誰のおかげで」

「令和らくご改造計画」

#5

 「事務所?」
 「そうです。芸能事務所ですわ」

 確かに落語界には、事務所へ所属している落語家がほとんどいない。ほかの芸能と比べても、かなり特殊な点である。

 「でも、協会はあるよ」

 そう言うと、売坊くんはすぐに首を振った。

 「協会では、意味ないんですよ」
 「意味ない…?」
 「協会は、落語家一人ひとりをもっと売ろう、もっと稼がせよう、いう組織やないでしょう。その芸人を売ることに責任を持つ組織が必要なんです」

 協会は、所属する落語家たちの活動を支える団体ではある。寄席への出演を調整したり、時に興行を打ったり、何より協会としての芸人の“居場所”の運営を担っている。しかし、個々の落語家へマネージャーが付き、営業戦略を立て、メディアへ売り込んでくれるわけではない。

 「マネジメントはもちろん、YouTubeの運営も、撮影も編集も、演者が自分でやる必要ないんです」

 売坊くんは熱を帯びてきた。

 「演者はパフォーマンスに集中する。その周りのことは事務所がやる。能力のある落語家が事務所へ入れば、今まで手の届かなかったところまで、どんどん活動を広げていけますやん」
 「そんなにうまくいくかなあ」

 理屈は分かる。だが、そもそもの問題がある。

 「だいたい、落語家をちゃんとマネジメントしてくれる事務所なんて、 ほとんどないんじゃない?」

 すると彼は、当然のように答えた。

 「ないなら、作ったらええんですよ」
 「誰が?」
 「誰がって、作ってくれる人なんておりませんやろ」

 売坊くんは自分の胸を指した。

 「僕が作ります」

 聞けば、彼は学生時代に会社を経営した経験があるという。仕入れや販売、帳簿管理、人を雇うことまで一通り経験していたらしい。見た目から感じていた抜け目のなさは、気のせいではなかったようだ。

 「兄さん、見といてください。落語家を、もっと売ってみせますわ」

 そう言い残し、彼は楽屋を出ていった。

 しかし以前、算用亭でん吉がオチログを開発した時には、「前座はアプリを作ってはいけない」というお達しが出た。だから今回も、前座が芸能事務所を作るなど、すぐに止められるものだと思っていた。

 ところが、驚いたことに、理事会は売坊くんの事務所設立を認めた。アプリは駄目だが、芸能事務所は良いらしい。どこに線引きがあるのか分からない。それだけ多くの落語家が「誰かにマネジメントしてもらえる」という話に魅力を感じたのだろう。

 自分で営業先とやり取りをし、スケジュールを管理して、請求書を作り……、そうしたことをすべて自分たちでやり続けるのは、それほど大変だったということか。それとも、彼の巧みな話術に丸め込まれたのか。

 何はともあれ、前座による芸能事務所が誕生してしまった。

#6

 最初は、売坊くんと、社員一名ほどの出発だった。

 所属落語家のスケジュールを管理し、営業先へ連絡し、撮影できる落語会にはカメラを持ち込む。高座映像を編集して、YouTubeへ公開する。出演者の紹介動画も作る。企業やイベント会社へ、所属落語家の資料を送り続ける。

 すると、少しずつ仕事が増え始めた。

 今まで動画の必要性を感じながらも、何もできていなかった落語家。事務作業に追われ、パフォーマンスに全力投球できていなかった落語家。営業が苦手で、実力のわりに仕事の少なかった落語家。そういった人たちが、次々と事務所へ所属した。

 公開された落語動画の中には、何十万回も再生されるものまで現れた。それをきっかけに、初めて落語会へ足を運ぶ人も増えた。売坊くんたちが取ってくる仕事によって、これまで行ったことのない地方へ呼ばれる落語家も出てきた。

 所属する落語家が増え、事務所の収益も上がる。そうなると売坊くんは社員をさらに雇い、撮影班や営業担当、動画編集者まで揃えていった。

 さすが、学生時代に経営をしていただけのことはある。落語家たちは喜んだ。これで事務作業から解放され、落語へ集中できる。自分では届かなかった客層へ、芸を届けることができる。

 ……だが、しばらくすると、少しずつ雲行きが怪しくなった。