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「継続は力なり」ではない

「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第13回

僕だけ悲しい観察日記

継続性がないのは、性格にも由来しているとは思う。

最初はやる気があるのだけど、どうもそのやる気が持続しない……。

そしてなぜか、最初のやる気が大きければ大きいほど、そのやる気を削ぐ出来事が起きる。

小学校2年生のジャガイモの発芽の観察日記もそうだ。

理科の授業で、水を張ったトレイにジャガイモを置いてジャガイモから発芽する様子を観察する実験だ。

これなら数日のことだし、学校に置いておけるので、みんなと一緒にやれるからきっと楽しいだろうな。

やる気に満ち溢れた僕は、芽を出したジャガイモを想像しながら、水を張ったいちごの入れ物みたいな容器にジャガイモを入れた。

ただ、みんなは今にも芽が出そうなゴツゴツしたジャガイモ、いわゆる男爵芋だったのだけど

僕の家のジャガイモは、その時たまたまツルッとした小ぶりのメークイーンだった。

「こっちのほうが可愛いからええやろ」

と気にもしてなかったのだけど、みんなのジャガイモは翌日から発芽し

翌々日にはジャガイモの芽という芽から立派に茎が伸び、葉を開いていた。

ところが僕のメークイーンだけ、容器に入れた時のままの姿でたたずんでいる。

2日経とうが、3日経とうがただただ容器に入れた水が濁っていくだけだった。

みんなが観察日記に、鮮やかな緑色で伸びゆく新芽を枠いっぱいに描いているのに

僕の観察日記だけがモノクロの世界で

容器の中のメークイーンは、ただただ水の中で腐っていくだけだった……。

後から知ったのだけど、メークイーンは休眠期間が長いそうで

その期間が終わるより先に、おそらく芋が腐ってしまったんだろう。

「ジャガイモは水の中で腐って、変な匂いを放っていた」

と書いた観察日記がクラスの後ろの壁に貼られているのを見て

ものすごく悲しい気持ちになった。

学年でジャガイモの芽が出なかったのは、僕だけだった。

観察日記だったからいいけど

僕が昔の農民でこれが種芋だったら、僕だけが飢え死にしていたかもしれない。

聞こえてきた前奏のメロディ

それでも何かを続けたいという気持ちは常に湧き起こってくる。

だが昔からなぜか決まってそういう時に限って横槍が入るのだ。

小学校3年生の時まで、夏休みはラジオ体操に毎朝通っていた。

家から徒歩5分の幼稚園の園庭で、毎朝7時30分からやってるラジオ体操に

近所の子供はこぞって通った。

ラジオ体操の終わりに、そこでもらった8月1日から31日までのマスのついたカードにキャラクターのハンコを押してもらうのが日課で

毎年、そのキャラクターが変わるのがすごく楽しみだった。

ある年はスイカ、ある年はなぜか雪だるま、そして3年生の時は鬼のハンコだった。

「俺、今のところ、全部、押してるでー!!」
「うわー、俺、昨日だけ休んでしもたわ~」
「田舎のおばあちゃんとこ帰る時、来られへんから、あいだ空くなあ」

子供たちなりにこのラジオ体操を通して物事を継続する楽しさを覚えていっていた。

ところがある日、僕は寝坊をし、起きた時間が7時45分だった。

珍しく続いていたラジオ体操連続記録が途絶えてしまう!!

「なんで起こしてくれへんねん!!!」

おそらく世の中でこれを言われたことのない母親はいないだろうセリフを吐き捨て、パジャマのまま飛び出して幼稚園に向かう。

するともう近所の子供たちは帰り出していて、もう幼稚園のラジオ体操は終わってしまっていた。

「せっかくの連続記録が……」

半泣きになって幼稚園の門の前で立ちすくむ僕。

その時、僕の耳にあの聞き慣れたラジオ体操の前奏のメロディが聞こえてきた。

幼稚園の隣には小さな空き地があり、近所のお年寄りが数人集まってラジオ体操をやっていたのだ。

テープレコーダーから聞こえてくるメロディに

「まだラジオ体操やってる!! まだ大丈夫!!」

そう思った僕は、そのお年寄りたちのラジオ体操に乱入していった。

もちろん毎朝子供向けにやっている幼稚園のラジオ体操とはまったく関係ない老人たちのラジオ体操だ。

それでも当時の僕は「毎日ラジオ体操に参加しなければいけない」という謎の使命感に燃えていた。