オシャレは落語家を変える
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第11回
- 落語
漂う大人の香り
翌日、師匠の事務所で待機していた弟子っこたちの中で、僕は昨日の武勇伝を弟弟子たちに意気揚々と披露していた。
「兄さんやばいっすよ……」
三昌は僕の破天荒さに打ち震えながらも、輝いた目で僕を見ている。
「ほんと破門になるから、やめてくださいよ……」
三段は何かあった時に迷惑をかけられることを想定して、本気で迷惑がっている。
「あほー、芸人は無茶してなんぼやないか!!」
すると、その話を遠巻きに聞いていた三の丸がニヤニヤしながらこっちを見ている。
「なんやねん、なにニヤニヤしとんねん」
「いや実はね……」
と三の丸の話を聞いて驚いた。
僕が合コンに行っていた日
なんと三の丸は、当時流行っていた出会い系サイトで出会った女性と素敵な関係になったというのだ!?
「いや~、昨日はエヘヘ」
まさか三の丸がそんなことをしているとは思いもよらなかった。
しかもあの三の丸だ。
風呂に入らず洗濯もせず、臭い湯気を出す加湿器だ。
女性は不潔さや不衛生さを何より嫌う生き物なのに
三の丸が女性にモテるとは思えない。
「いや~、兄さん。オシャレは服装ちゃいまっせ。おなごは香りに惚れるんですわ」
そう言って近づいてきた三の丸からは、いつもの悪臭はせず、代わりに妙な香りがした。
どこかで嗅いだことがある香りだ。
どことなくロマンスグレーの、重厚な中に甘みを漂わせる大人の香り……。
その時、弟弟子の桂三段が叫んだ。
「あああ!! 三の丸兄さん!! 師匠の香水つけてるでしょ!!!!!」
そうだ!! どこかで嗅いだことがあると思ったら、師匠がたまにつけている
「BRAVAS(ブラバス)」
のコロンの香りだ。
当時64歳の桂三枝がつけていた香水は、20代の若者にはあまりにも場違いな香りだろう。
「お前、なんで師匠の香水つけてんねん!! 頭おかしいんか!!」
師匠のGジャンを着て合コンに行った僕が、師匠の香水をつけて出かけた弟弟子を叱りつけている。
はっきり言ってどっちもどっち、目糞鼻糞、五十歩百歩だ。
「いや~、昨日はこれもんですわ~」
と言い、首筋につけられたキスマークを自慢している。
「なんでそんなとこに、そんなもんつけてんねん!!!!」
「三の丸兄さん、頭おかしいんですか!!」
「ちょマジでなに考えてるんですか!!」
3人から攻められても自信に満ち溢れた三の丸はドヤ顔でこう言った。
「なんかお父さんみたいな香りで安心するって言われましたわ~」
きっと前日、先輩方にとって僕は
目の前でイキがる三の丸のように見えていたに違いない。
緊張が走る
さぁどうですか、この破天荒っぷり。
兄さん、僕はほかの後輩ザコ落語家とはひと味ちゃいまっしゃろ?
どうです?
どうです?
どないです!?
そういいたげな三の丸に、弟子3人の怒りが爆発した。
「いや、ちゃうねん!! 昨日だけやったらまだしも、なんで今も師匠の香水つけとんねん!!」
「そうですよ!! あと1時間で師匠迎えに行くんですよ!! 匂いでバレるし、キスマークだってすぐバレますよ!!」
「なに考えてるんですか!! 遊ぶにしてもバレんようにちゃんと考えてくださいよ!!!」
さすがの三の丸も事の重大さに気づいたのか
「いや、でも、臭いって言われるから、せめて香水で……」
「だからって師匠の香水つけたら、すぐバレるやろ!!!! もう準備とかは俺らがしとくから、今すぐシャワー浴びてこい!!」
三の丸は青ざめた顔でシャワーを浴びに行く。
「ちゃんと香水の匂いが消えるまで洗えよ!!!!」
香水の匂いを消し、シャンプーの匂いを漂わせる三の丸に洗濯したての服を着せ
首元のキスマークはドーランという師匠の芝居用の化粧道具で塗り隠し
師匠をマンションまで迎えに行く。
「おはようございますっ!!!」
3人が師匠の今日の機嫌はどうだろうとビクビクしながら頭を下げた、その時だ。
「おはよう。…………おい、三の丸!!!」
三の丸がいきなり呼ばれてしまったのだ!!
やばい!!
香水の匂いがまだ残ってたのか!?
それともドーランの塗りが甘くて、キスマークが見えてしまってるのか!?
4人の弟子に緊張が走る。
「ふぁ……ふぁい!!」
完全にビビり切っている三の丸に、師匠はこう言った。
「お前、わしの言うた通り、今日はちゃんと風呂入っとるやないか!!」
いや、そっちかーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!
これこそ桂枝雀師匠の提唱する「笑いは緊張の緩和」だ。
三の丸も額に冷や汗をかきながら
「ゲヘへ」
と謎の笑みを浮かべている。
心なしか、三の丸の背中から陽炎が揺れているように見えた。
そのまま師匠は三段の運転するセルシオに乗って
三昌とともに「新婚さんいらっしゃい!」の収録に行ってしまった。
残された僕は、三の丸を見ると
“今までの人生で一番過酷なミッション”をやり遂げたように
満足げな表情を浮かべていた。
もしかしたら、こいつも梅田の街を小さく感じてるかもしれないと思うと
無性にムカついて、ケツに軽く膝蹴りをして事務所に帰った。
オシャレは見た目を変えるだけじゃなく、内面も整えることを思い出した。
だから落語家も老若男女問わず、おしゃれに気を配らなければいけない。
そろそろ夏服を買いに行かないと。。
しゃべりかけてこない店員さんのいる洋服店を探さなくっちゃ。。。
(文中、敬称略)

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