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三遊亭小歌という落語家がいた

「二藍の文箱」 第14回

 お酒が飲めないのに、真打披露では毎回打ち上げにも顔を出してくれた。

 あれは池袋演芸場の打ち上げだったろう。打ち上げの最中に、一緒に真打となった柳家さん助が小歌師匠の肩にもたれて寝てしまった。

 誰もがさん助の死を覚悟した瞬間だった。

 それでも小歌師匠は「寝かせといてやれ」と、それだけだった。

 さて、冒頭の2月中席。お旦――客、早いはなしがスポンサー――の手前、小歌師匠の顔が立つように、二ツ目から楽屋仲間、一門の後輩たちに声をかけると、けっこうまとまった数となった。

 すると、小歌師匠が「集まり過ぎだなぁ。客に悪いから、鰻屋は止すか」となって、ざっかけのない居酒屋へ。

 「すまない! 鰻はまた後日に」とわたしはアタマを下げ、漫才のニックスにいたっては、「その日お酒が飲めないので、鰻でないなら行きません」と、来なかった。賢明と言えば賢明だ。

 それにしても、若いの集めとけって、出入りじゃないんだから。

 翌る日、お礼の電話をすると、「歌坊によ、帰りにいくらかやったんだけど、おまえ聞いてるか? ちゃんと報告させなきゃダメだぞ」と言ってくれて、歌坊にそのことを言おうとして、ん? 待てよ? 聞いたのに、酔っててこっちが覚えてなかっただけだな。と、思い返して、叔父貴に電話をすると

 「おまえ、師匠なんだからしっかりしろよ」

 と、笑って電話を切った。これがわたしと小歌師匠との最後の会話となった。

 なんだかんだでいつまでも死なないような一門の先輩が、あっけなく亡くなった。齢八十五、好き勝手生きた師匠にしては、上上吉の大往生ではないか。おめでたい。鬼籍に入った三代目直系や一門も随分多くなってきた。向こうの圓歌一門会もさぞ賑やかなことだろう。

 師匠、そっちへ行ったら、今度こそ鰻ごちそうになりますから。

 落語家、藝人に限らず、世に名を残すというほうが珍しいこと。光が当たれば、それは必ず影を生む。

 忘れないでほしい、日の当たらない道を好む藝人もいることを。

三遊亭司 X

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