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第十五話 「キモノの呪い」

「令和らくご改造計画」

#6

 「これからは、この“アレ”で落語をやりましょう」
 「いやあ、この床屋の“アレ”で?」

 「ええ」
 「まあ、確かに身体のシルエットは隠れるかもしれないけど、こんな銀色のさぁ……。風情ってものがあるんじゃない?」

 そう言うと、服子は軽くうなずいた。

 「分かりました。風情が必要なのでしたら、追々、着物と同じ素材で床屋の“アレ”を作ります」
 「素材の問題なのかな」
 「まずは、そのままの床屋の“アレ”を使ってみましょう」

 果たして、そんなもので落語が成立するのだろうか。そう思っていると、服子は銀色の“アレ”を抱えたまま立ち上がった。

 「それでは、ちょっと行ってきます」
 「どこへ……?」

 声をかけた時には、もう遅かった。服子は高座の袖へ向かい、舞台へ続く戸を開けた。ちょうど一人の真打が、高座へ上がったばかりでマクラを振っている。その背後へ回り込むと、何の説明もなく、床屋の“アレ”をかけた。

 「おい!」

 思わず声が出た。しかし、“アレ”をかけられた真打は、なぜかマクラを止めなかった。それどころか、一瞬だけ目を見開いたものの、そのまま平然と落語へ入っていった。

 落語家にも、いろいろなタイプがいる。何かアクシデントが起きた時、即座に笑いへ繋げられる者もいるが、誰もがそこまで器用に対応できるわけではない。止まってしまう者もいれば、パニックになりながらも、そのまま続けてしまう者もいる。

 どうやら、その真打は続行タイプだったらしい。全身を銀色の“アレ”に包まれながら、いつも通り古典落語を始めた。

 「こんちはぁ。隠居さん、いますかぃ」
 「おや、八っつぁんじゃないかぃ。まあまあ、お上がり」

 床屋の“アレ”から頭だけを出した隠居さんと八五郎の会話が始まった。ところが驚いたことに、客席もそれほど違和感を示さなかった。最初こそ少しざわついたものの、次第にいつも通り落語の世界へ入っていったのである。

#7

 服子は微かに笑みを浮かべながら、楽屋へ戻ってきた。

 「うまくいきました」
 「いや、うまくいったというか……。突然、前座が出てきて床屋の“アレ”をかけられたら、演者もお客さんも、もう少し反応するべきじゃない?」

 「今は、たまたま寄席のダレ場でしたから。お客様もぼんやりしていて、気付かなかったのでしょう」
 「あっ! 寄席にダレ場なんてないよ。口を慎んで」

 やがて、その真打が高座から下りてきた。

 「いやあ、途中で衣装が変わったから、何事かと思ったけど。案外、いつも通り落語ができるもんだね」

 本人まで感心している。そこから、服子は別の演者たちにも床屋の“アレ”をかけ始めた。古典落語でも、新作落語でも──講談でも、案外成立する。

 しかし、なぜ演者たちが抵抗しないのかは分からない。もしかすると、新しい衣装で落語を演じることに、好奇心が湧いたのかもしれない。

 「俺もやってみようかな」
 「次は俺にかけてくれよ」

 そんな師匠方まで現れた。また時々、こういう現象は起きるのだ。服子は若いだけでなく、かなりの美形である。そんなかわいらしい前座さんに、

 「やってください、師匠」

 と頼まれれば、芸歴など関係なく、楽屋のおじいさんたちは鼻の下を伸ばして言うことを聞く。服子が床屋の“アレ”を持って近づくだけで、師匠方はまんざらでもなさそうな顔で、高座へ向かっていった。