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第十五話 「キモノの呪い」

「令和らくご改造計画」

#8

 こうして、“アレ”をかぶって高座を務める落語家が続々と増えた。

 全員が銀色では面白くないというので、黒や白、淡い水色など、色の種類も増えていった。さらに服子が仕立てた、正絹製の“アレ”まで登場した。実に粋である。

 そしてまた、どういうわけか、落語を演じる上では大きな問題は起きなかった。これまでの着物の懐から何かを取り出す所作だけはできないが、それ以外は何となくどうにでもなってしまう。

 落語に必要なのは、身体の輪郭を隠してくれる衣装なのであって、必ずしも着物である必要はないのかもしれない。そんな考えが、落語家たちの間にも広まり始めた。

 やがて、床屋の“アレ”をかけるタイミングまで決まった。

 落語家は私服のまま高座へ上がり、座布団に正座してマクラを振る。そして、「では、一席のお付き合いを」と本編へ入る直前になると、前座さんが背後から床屋の“アレ”をかける。今まで羽織を脱いでいたタイミングで、“アレ”をかけてもらうのである。それが、落語の本編が始まる合図になった。

 この形式も、すっかり定着するかと思われた。

──しかし、事件が起きた。

 とある噺家が、床屋の“アレ”をかけられた瞬間、高座で小便を漏らしてしまったのである。場は、騒然となった。

#9

 それから次第に、このトリックが解き明かされる。

 一体どういうことなのか。まず話を聞いてみると、その師匠には、自宅でシャワーを浴びながら放尿をする習慣があるらしい。そういう習慣を持つ人が、床屋のシャンプー台で頭にシャワーを浴びた瞬間、用を足したくなることがあるという話は、時々耳にする。

 これは、パブロフの犬の実験で知られる、いわゆる「条件反射」である。頭からシャワーを浴びると、下から小便が出る。つまり、“シャワションの犬”である。

 そしてシャワションの犬が加速すると、条件はさらに拡大していく。

 最初は、床屋のシャンプーだけだったものが、そのうち床屋の椅子へ座るだけでお漏らししてしまう。さらに床屋のグルグル回る看板を見ただけでも出てしまう。しまいには、海外製の3色の歯磨き粉を見ただけで漏らす始末。床屋という概念を目の当たりにするだけで、小便をしたくなる“トコションの犬”になってしまうのである。

 そして、落語家の中にも、この犬がいたというわけだ。その結果、床屋の“アレ”をかけられた途端、高座の上で小便を漏らすという大失態に陥った。

 これは、いけません。この「トコション犬事件」をもって、床屋の“アレ”を高座で着用することは禁止された。そして落語家たちは、再び着物を着て落語を演じるようになったのである。