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「継続は力なり」ではない
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第13回
- 落語
僕を待っていた、悲しい結末(画:大久保ナオ登)
暇を恐れる落語家たち
今年の8月、僕は芸人になって初めて
「夏休み」というものをとってみた。
まあ、とってみたといいながらも、落語家は8月に仕事があまりなく
暇になるのが嫌なので、なんとか上方落語協会に頼み込んで寄席の出番を入れてもらったり、自分の落語会やオンライン落語会を入れたり、無理やりスケジュールを埋めていた。
僕も含め、芸人は暇になるのが嫌な人たちで
どんな形でも舞台に出ていたいと思うのが、僕ら芸人の性だ。
「落語家」と偉そうなことを言いながらも、僕らは舞台に出てる時や落語家として活動してる時だけが落語家なのであって
家で寝てるだけの時はただのおじさんだ。
たまにおばさんもいるけど……。
だから僕たちは1回でも多く舞台に出ようと常に仕事に飢えている。
落語家のほとんどがよだれを垂らしながら、虎視眈々と仕事を得るのを待っている。
この「待っている」というのが、いかにも落語家らしくていい。
自分から仕事を作りにいくわけでなく、自分のテリトリーに入ってきた誰かが釣り針にかかるのを待っている。
いわゆる「はえなわ漁」方式だ。
農耕民族でもなく、狩猟民族でもない。
誰かから仕事をいただくのをただひたすら待っている。
それが我々落語家の仕事の取り方なのだ。
たまに狩猟民族のような落語家が現れると
「やだねえ、営業活動なんて落語家のするもんじゃねえんでゲス」
なんて妬みながらも、その狩猟民族落語家から仕事をもらえるとコロッと手のひらを返して
「あいつはなかなかにオツでゲスねぇ~」
と褒めちぎる。
それが我々、落語家の人間性なのだ。
とある大阪の小うるさい先輩の名言に、こんなものがある。
「芸が嫌いやない、性格が合わんのでもない。仕事くれへんから嫌いやねん!!」
さすがの名言だ。
芸人らしいっちゃ芸人らしい考え方ではある。
それくらい大阪の落語家は仕事に飢えている。
そんな土壌で育った僕は、スケジュールが空くということに拒否反応があるのだ。
ありがたい悩み
例年8月は、第1週に大阪の落語家たちと福岡の公演があり
第2週は繁昌亭か喜楽館に出演し、その後は浅草演芸ホールの竹丸師匠の芝居に出るというのがいつものスケジュールで
なんとか長期の休みを作らないようにしていた。
ところが去年の7月に落語芸術協会さんに客員として入れていただき、寄席の出番が激増。
たまたま忙しい秋のスケジュールと重なって、昨年はありがたいことに本当に忙しくさせていただいた。
普段、大して忙しくなかった人間が急に忙しくなると、体がびっくりする。
寄席の出番は、基本的に10日制(池袋、浅草は5日制)なので
たまに末廣亭の出番を上席と下席でいただくと、いきなり月20日仕事が増えることになる。
今まで、20日も働けばまあまあだよね
という人間が繁忙期も重なり、いきなり月間40稼働を超えるようになってしまったのだ。
ありがたい悩みだけど、このスケジュールをこなしながら
モチベーションとクオリティを保つのは、なかなか簡単にはできなくて
結構ヘロヘロだった。
東京の看板の落語家の凄さを思い知った。
1回の舞台で芸を競い合う
そこに違いは感じさせないかもしれないけど
年間365席以上の舞台をこなしながら、クオリティを保っている人たちは、本当に恐ろしい。
ちょっと前に春風亭一之輔兄さんが年間1000席を超えていたというポストを見たけど
年間1000席は異常やで!!!!
しかもこれ笑点メンバーになる前の話やで!!
去年めちゃくちゃ忙しくてめっちゃ働いたつもりだったけど、この時の一之輔兄さんとは比べ物にならない。
っていうか、人ってそんなに働けるもんなのか?
異常すぎる。
それでも慣れてないことをすると疲れが出過ぎていたのか
6月くらいの時点で、なんとなくこの辺りが空きそうだなと思った時に
「一回どかっと休んでみたい!!」と思い、めちゃくちゃ勇気を出して
なんと今年の夏に2週間休みを取ることにしてみたのだ。
幸い、この期間に調整できない仕事が特に入ってきたわけでもなかったので
もしかしたら自然と休みになっていた可能性もあるけど(笑)。
とにかく2週間の休みができた。