プロレタリアの街
「けっきょく選んだほうが正解になんねん」 第12回
- 落語
桂 三四郎
2026/08/10
壊れゆく常識
ただ、惨劇はこれでは終わらなかった。
その日も唾ねりねり左官職人は、僕に気さくに話しかけてきてくれた。
どうも若い兄ちゃんが現場にいることは珍しいので、僕らは重宝がられていたようだった。
「もういっつもおじいとばっかり顔合わせてたら、嫌になるやろ?」
という左官職人の気持ちは今になってよくわかる。
楽屋や打ち上げでおじいとばっかり話していると、何だか老け込んでくるような気がするからだ。
その日も生コンをねりねり作っていたのだが、どうも水が足りなかったらしく
下の水道のあるところから水を汲んでこなければいけなかった。
「ほな僕、水汲んできましょうか?」
日頃から缶コーヒーをご馳走してくれたりと優しいところがある職人さんなので、気を利かせたつもりだったのだが
「いや、大丈夫大丈夫。ありがとう!! これでええねん」
と言うなり、そのおじさんは生コンの入った容器の中に、おしっこをし始めたのだ!!!!!
うそやろ!!!!!!
人さまが使う建物の壁を作るコンクリの水分を、おしっこで代用するなんて!!
「いやいやいやいや!!!! それはヤバイでしょ!!!」
さすがに注意すると、左官職人はこう答えた。
「昨日はビールしか飲んでないから、大丈夫や!」
いやそういう問題じゃないやろ!!
焼酎飲んでたらあかんのか? 日本酒やったら匂いが残るのか?
そもそもおしっこで壁作ったらあかんやろ……。
そんなことは子供でもわかることだ。子供が砂場で池を作る時に、おしっこで水を溜めたら烈火のごとく怒られるだろう。
唖然とする僕を気にも留めず、左官職人はおしっこで練り上げた生コンを壁に塗り込み
見事な壁を仕上げていた。
もしかしたらおしっこの方がいい壁になるのかもしれない……。
ほかにも、床のハツリ(解体作業)の補助の時に、ハツリの機械に手を突っ込もうとしたトクさん。
「いや、あれで怪我したら、労災で100万くらい、もらえんねんで」
誰に入知恵されたのか知らないが、わざと事故を起こして労災をもらおうとしたのだ。
実際に、騒音で耳が聞こえなくなって、労災で300万もらった頭ツルツルのおじさんもいた。
しかし、持ち慣れない大金を手にしたおじさんは、新開地にいた恋人のニューハーフに金をうまいこと搾り取られ、その後、行方不明になった。
ここから落ちたらもうホームレスになるしかない。
みんなギリギリで生きているのだ。
僕はそういう現状に恐怖を抱いた。
ここで無気力になってしまって、負の空気にまとわりつかれたら、きっと不幸になる。
同じ給料でも今日を一生懸命頑張ることで、自分の持つ“気”や
運命というのを狂わせないようにしなければいけない。
そう思って一生懸命仕事をしていると、キュウホウさんというおじさんに昼休憩でめちゃくちゃ怒られた。
「何を張り切っとんねん!!! そんな頑張ったら、納期より早よ終わってまうやろ!! 現場が減ったら、みんなの仕事がなくなるねんぞ!!!」
まさか頑張ったことで、人の迷惑になることが世の中にあるとは思わなかった……。
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